ミチナーのエーヤワディ河定点観測。エーヤワディ河の水位は去年より少し低いようです。
ミチナーというのは、ミ=川、チ=大、ナー=隣り、という意味だそうです。(今頃になって知るとは!)
スートンピの前に、日本人が建設中だった寺の、寝釈迦像も完成していました。
スートンピのこの花は、「お釈迦様がこの木の下で・・・」とかいう説明でしたので、
てっきり「沙羅双樹」だと思い込んでいましたが、植物図鑑を見たら日本でいうのと違うようです。
次回確認します。この花はロムニ インジン パンといい、ロムニはインドの地名、
インジンが固有名、パンは花のことです。
スートンピというのは願いが叶うという意味で、マンダレーヒルのもスートンピでした。
スートンピの展望室からのエーヤワディ河の眺め。川風がとても涼しい。
町で売られている数珠繋ぎの花です。+1に露出補正したら飛んでしまいました。
これを新しい扉写真にするつもりでしたが、仕方ないので、スートンピのにしました。
ちょっと濃厚な感じになりました。
知人宅で行なわれた法要です。
「ミャンマーの風習を見て下さい。」ということで招待されました。
この時期多くの家で行うそうです。勿論仏教徒ですが。
ポウンジー(お坊さん)をお呼びし、
お経をあげてもらい、
その間、水を注ぎ続け、
贈り物(法衣などです)をし、
テーブルを少し持ち上げ料理を捧げ、
食事をしてもらいます。
基本的にお金は渡しません。
位の高い僧は現金は持たないそうです。
(持つ必要もありませんが)
町中では煙草を吸ったりしている僧を見かけますが、いろいろいるようです。
写真の左端のお坊さんにマンダレーで会うことになります。
典型的なミャンマー料理の数々です。
真中が独特の味がする辛くて酸っぱいスープ(チャムサイ)です。
ちょっと癖がありますが、慣れると病み付きになります。
アイインさんが5月に行ったミャンマー最北端の村タフンダンの写真。
左下が村の様子、右下がロワン族の結婚式です(バプティストですから)。
今度行きましょうと言われたが、行くのにブタオから徒歩で12日!!!
尾崎隆のパーティは、
カカボラジのベースキャンプまで、さらに進み、徒歩で28日というのですから、
いやはや!!!!!
無数のストリームがあり、そこには木や竹の棒だけの橋が架かり、濡れて滑りやすくとても危険です。
さらにマラリアの蚊、吸血ヒルなどの危険も付きまといます。
もう旅行者の領域ではありません。羨ましいですが。
最近はインセクト・コレクターやプラント・ハンターが入り始めているそうです。
河縁のレストランで昼食をし、ふと下を見たら投網を打っていました。
結構、小魚が捕れています。
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ミングォンの隣の寺(Molmi Paya)は聖人を奉ったものです。
眼鏡をかけた像の眼鏡部分が、後から付けたかのように別の金属になっているのが何とも変。
最後に真っ白い漆喰の寺(Hsinbyume Paya)です。
門のライオン像(Chinthe Ruins)とマンダレーヒル
少し下流の寺にミチナーでお呼びしたポウンジーがいるので、セヤマジが尋ねました。
マンダレーヒルから見たヤンゲンタン
ミングォンが微かに見えます。この写真ではわかりにくいですが、ほぼ真中です。
マンダレーヒルの麓にはホテル・ノボテルがありますが、
その隣りにマンダレー動物園があります。
サファリ・パークではなく、普通の動物園ですが、車で周れます!
豹の子供です
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雑感
「雨のシュエダゴンはしっとりと落ち着いている。
人も少なく、特にガイドの売り込みがいないので、のんびりできる。
ただ石畳がかなり滑るので、細心の注意が必要で疲れる。
ミャンマー人もあちこちで滑っているから本当に厄介だ。
転んで怪我でもしたひには、何のためにお参りに来たのかわからない。
だから歩き回るよりこうして座っている方が良い。
それにしても本当に静かで、雨だれのピチャンピチャンという音がするだけ。
ボヤーッとしていると、次第に頭の中がカラッポになっていく。」
2
気を取り戻して、50mm、F1.4のレンズで撮りました。
5
頭がカラッポになって、どれがどちら側かわからなくなりました。たぶん東側?
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最近は、ほとんど通過だけのバンコクに1泊したので、新しくできたBTSに乗りました。
当初値段が高いのと、駅が高いのとで、バンコクっ子に人気がなかったのが、最近は乗客も増えたそうです。
ドイツのシーメンス社の車体は、幅はあるようですが、天井が低いので、狭苦しく感じます。
何と言っても交通渋滞のすさまじいバンコクで、簡単に移動出来るのはいいのですが、
酒を飲んで、電車で帰るのでは、日本の生活みたいでうれしくありません。
やはりバンコクは通過するのがいいようです。
バンコクの写真は古いので、新しく撮りたいのですが。
悩む所です。
ずっと天気が悪かったそうですが、珍しく良くなり、下からも見えたので、ワット・プラタートに上りました。
ケーブルカーが新しくなりましたが、斜めのエレベーターのようなものです。
なんでもアメリカ人が転落したので、このスタイルになったとか。
アメリカ人というのが、妙に納得させられます。
お祈りしたとき、手首に紐を結んでくれたポウンジー、休憩でしょうか。
ピン・リバー・クルーズです。
いつも旅の最後にジタバタして、そして詰まらぬしくじりをするのですが、懲りずにまたやっています。
2時間程の舟旅で市街からスーパーハイウェーの辺りまで行って戻ります。
今年は川があふれた後なので、川岸の様子が興味深いものでした。
他人の不幸をおもしろがってはいけませんが。
こうして川の水面から街を見ると、まったく違った見え方になります。
なんとなく川の気持ちになったような気がします。
「どんな気持ちヤ!」と関西弁のつっこみがはいりそうです。
ああ川はこんな風に街を看ているんだと、ただそれだけです。
いなかの川は町と一体になっていますから、町の目線と川の目線はいっしょです。
ミャンマーでは、
ミチナーのエーヤワディ河の渡し舟にしても、
インドージの小舟にしても、
陸から見るのと同じです。
街中の川は歴然と一線を画されています。
ですから目線が違って来ます。
見え方が違えば考えかたも違います。
ですから街の川の考えはわかりません。
人がわからなくなっているだけですが。
「おれはおまえが嫌いだが、おまえがおれを嫌いなのはけしからん。」
街の人間の川に対する気持ちはこのようなもので一方的です。
普段は使いもしないのに、広い土地を占有しているからです。
しかし時たま洪水を起こすということは、川が権利を主張していることで、民法にのっとっています。
昔、我妻栄の本に書いてあると聞いたことがあります。
ですからミャンマーではその時期になると、農民は漁民になります。
私の想像以上に農民と漁民は近い者です。
インレーのインダー族などがそうです。
日本でも半農半漁の村なんてよく聞きました。
最近では牡蠣の養殖業者が森を育てるという話しをテレビで見ました。
チェンマイ最大のワロロット市場(Warorot Market)
蓮の花と実、実をミチナーで食べましたが味はあまりありません。
ジュースが飲めるというので席に着きました。
川風が涼しいなあと思ったら!
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去年右の窓側の席でヴェトナムのホイアンや台湾の蘭嶼島の写真が撮れたので、今年も注文しました。
今回の狙いはラオスのメコン河です。
うまく雲が切れているといいのですが。
離陸40分後ひときわ太い茶色の流れが見えて来ました。メコン河です。