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沖縄上空で珊瑚礁の島々が見えたので撮りましたが、名前はわかりません。
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小学校の校長先生始め5人の先生から昼食を招待されました。その席で感謝の品を届けるように頼まれました。
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アイインさんの事務所でお喋り。今回は5月に行ったプータオ北部の写真を見せてもらいました。
メリカ川でラフティングをしたそうです。
この写真はタロン族の人ですが、風俗などの様子から中国の独龍族と同系のようです。
森さんの話では、
チャイントンはビルマ名、旧英語表記はKengtung、現地音はチェントゥン。
中国側の町はダールー(打洛Daluo)、
ミャンマー側の町モンラー([孟力]拉MongLa)は4年ほどでできた町。
チェントゥンからタイ・メーサイ(Maesai)への入国経路。
チェントゥンから新道を、
ロイモイ(Loi Mwe)、モンパヤッ(Mong Hpayak)、ワンパイ(Wan Pai)、
モンホープン(Mong Ho-pung)と経由して、タチレーク(TACHILEIK)。
数年前の雨季は5〜6時間かかるとの情報だったが3時間で行けた。
(地球の歩き方には12時間かかったと言うのがありました。)
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ヘーホ着。飛行場拡張中らしく回りをほじくり返して赤土が露出しています。
アナウンスどおり10分で完了して離陸に向かいます。
離陸後真下に飛行場への道、突き当たると東へタウンジへの道が見えます。
そして今回はニャウンシュエからインレに出る水路が見えます。
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眼下にタチレクの町とタイの広い道路が見えます。
丁度10年前にタイのメーサイからタチレクに入国しました。
今はメーサイからの入国には2 WEEK's VISAが出るそうですが、この地区しか回れないそうです。
空路で例えばヤンゴンに行けるかは判りませんでした。
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タチレクからチャイントンへの飛行では新しく造られた道が見えました。
後で聞いたところタウンジーとチャイントンを結ぶ道のようです。
残念ながらこの道を外国人は通れません。
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元ソーボワ屋敷の敷地に建てられたチャイントンホテルです。
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今日は車を頼んで中国国境のモンラーに行きます。
峠の標高は1465m。ここで写真休憩です。向こうの山にアカ族の村が見えます。
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辺りには焼畑が広がります。気温は30.8℃ですが風が涼しいのでそう感じません。
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メコン河の支流ナムローイ川を渡るとワ州に入ります。そしてモンラーに入ると建物が一変し、小奇麗になります。
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ここはニュートラル ゾーンにあたり、国境の標識の所で中国人観光客が記念撮影しています。
ラオスのボーテンと同じ光景が見られます。
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丘の上に建つビルマ寺院(ドゥイナガラDwenagra)です。
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仏塔に上がると中国側の町Daluo(打洛)が見えます。
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12時15分に昼食をとりましたが店は空いています。
中国人観光客は別のタイアップの食堂で食べるのだろうと思っていましたが、
そうではなく彼らは北京時間で動いているのです。
ですからまだ10時15分です。
昼食の支払いは人民元です。チャーハンはまあまあでしたが、ペットウ(ワンタン)はみんなくっついて固まっていて最悪でした。
すぐそばにウサイリンの看板です。ここはワ族といっても実態は華人です。
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屋根飾りは四川省・三星堆遺跡の神樹の龍にそっくりです。
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ここはおかまショーとエレファント・ショーとクロコダイル・ショーがセットになっているレジャーセンターです。
見えにくいですが、左手下に人造湖があり、その岸辺で象の作業風景を見せるそうです。
象や鰐はタイから持って来たそうです。
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マーケットは午前中ですからほとんどやっていませんでしたが、
このすずめ蜂の店はやっていました。
幼虫ではなく成虫になったものもあり、出てきそうになりました。
すると店の主人は棒で取り出し腹を押さえて毒液を出させました。
結構量があり驚きました。それをビニール袋に入れて大事に保管していました。
アニマルマーケットは3時からだそうで、まだ30分以上あります。
ハクビシンでSARSになってもなんですから帰ることにしました。
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モンラーは完全にチャイナタウンで、
ミャンマー人地区は山の斜面に追いやられるようにしてあります。
ムセーのようにミャンマーと中国が融和したようなおもしろさはありません。
ここのホテルは1$=8元換算で150〜180元ということです。
写真のような高級ホテルは40$以上だそうです。
しかしパガンで日本人が泊るさくらホテルの100$から比べれば安いものです。
昼食はガイドとドライバーの3人でそれぞれがチャーハンを食べ、
その他に鶏肉野菜炒め、白菜スープ、水餃を頼んで44元でした。
水のペットボトル小瓶は3元ですが、1元=120ksで、チャイントンでは100ksですから、
ガイドに教えられてチャイントンで買って持って行きました。
近くに水力発電所が建設されていますからここは電気の心配はありません 。
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今日は村へ行きますので、朝マーケットでお弁当を調達します。このお赤飯とソーセージを買いました。
昨日の中国元の残り51元を両替しました。1元=125ksでした。
市内の道は舗装されていますが、村への道は未舗装です。
モンラーへの道が特別だと言うのが分かります。
ガタガタ道を進みます。
途中の橋が壊れているということでしたが、横の方から水の中を走りました。
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最初のアカの村は登ってすぐの所で、おばあさんがアカの衣装でいる家に上がり込みました。
アカはビルマ語は話さず、ガイドはシャン語で話すそうです。
アカ語をいくつか教わりました。
グーローフンミャ ありがとう
イーマーデー さようなら
ガフイカンデガラオ ようこそ家へ
次の家のおじいさんは87歳で、モンゴル風に丸刈りの頭頂部の髪だけ長くしていました。
アカ(Akha)族はタイやビルマでの呼び名で、
ラオスではコー族、
中国ではハニ(哈尼)族(ベトナムも同じ)、
西双版納自治州のモン海県の山地では窩尼(ウォニ)または愛尼(アニ)
と呼ばれ、プアル茶の生産者です。
チベットから移動して来て、
中国125万4000人
ミャンマー18万人
タイ4万人
ラオス3万人
ベトナム1万人
程度の人口です。
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そこから急な上りでエンの村に着きます。
見晴らしがよく、気分は最高です。
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独身の男は長髪だそうです。
ワと言語が近く、アニミズム信仰ですが、町の近くはキリスト教化しているそうです。
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東京都心の超高層マンションにもひけを取らぬと思われる眺望です。夜景はありませんが。
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鳥居をつくります。
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おばあさんが畑でトウモロコシを収穫していて、2本貰いました。
梅畑で朝買ったお赤飯の昼食をとりました。
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すぐそばに見えたアカの村へは山を回り込んで着きます。ここから見る先ほどのエンの村。
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アカの刺繍を譲ってもらうことになりました。
まだ縫い掛けなので残りの線を縫ってもらいましたが、後2、3本足りません。
ちなみに7000ksです。
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急な坂を一気に下りるとピンタウ滝があり、ここから道はフラットになり、先ほどのラフーの村に続きます。
別のラフーの村でスピリットを買いました。水のペットボトルに入れてもらい150ksでした。
ラオスのルアンプラバンと同じですが、ドラム缶で蒸留したラオスのものより度数は高いようです。
それから町の近くの温泉に寄りました。
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温泉たまごはチェンマイのサンカンペーンと同じす。もう一つのビニール袋の中身はタイのインスタントラーメンです。
輸入物ですから600ks、たまごは1個70ksでした。
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森さん推薦の食堂です。左が豚肉野菜炒め、右が鶏肉茸炒めです。
この他、鶏肉カシューナッツ炒めも照り焼きソース風の味付けが、ビールにもご飯にもとても良く合います。
最近マンダレービールを置く店が減り、ミャンマービールばかりで困ったものです。
マンダレービールはキリンラガーのようにコクがあり、さっぱり系のアサヒスーパードライのようなミャンマービールより私は好きなのです。
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マンダレーの王宮は9重の塔で、ここは7重の塔です。遠慮したのでしょうか。
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案内の女の子は前回と同じかもしれません。手紙で確認することにします。
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この辺りの水中は水草で一杯で、小魚が見えます。豊かな湖です。
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水位は8.0、単位はたぶんフィート(ft)でしょうから、1ft=30.48cmとして243.84cm、去年とどうでしょうか。
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フォンドゥウーは月に1度のお祈りの日だそうで、参拝客が次々と来ます。
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アルードーポッでは記念写真を売っていました。
おじいさんに値段を聞いたらどれも150ksだと言うので、全種類買いました。
ホテルへ帰ってから書いてあるミャンマ文字を聞いたら、北側、東側、南側の仏だと言うことでした。
南側は2枚で新旧の違いだそうです。
新しいのはルビーや翡翠で豪華に飾られています。
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これは北側のもので、記念写真のものより新しいようです。
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ンガペーチョウンは一昨年ファランの女の態度が気に食わず、また坊主の変なサービス精神も疎ましく、昨年は行きませんでした。
今年は船宿の主人が行くかと聞いてきたので、それならと行くことにしました。
親鸞を少しかじり、トゥッテマのこともありましたので、考え直したのです。
結果それが幸いして、観光客が坊主の話しを聞いて、それから猫の芸を見るというのを見学出来ました。
お寺が信仰と娯楽の場所になっているこの国の様子を伺い知ることが出来ました。
ファランは今でも気に入りませんが、このお寺は少し見直しました。