2004年夏のブータン(2004-year Summer Bhutan)
お待たせしましたブータン第2弾は、 第1弾の2002年夏の西ブータン(2002-year Summer West Bhutan)に続き中央ブータンと東ブータンです。
写真13のドチュ・ラ(Dochu La)のはブータン型です。
写真24のチェンデブジ村(Chendebji village)のはネパール型です。
写真215のボンデー村にあるダショー・西岡京治メモリアルチョルテンはチベット型です。
写真125のブムタンのタンビ村(THANGBI village)には寺の前の広場に石を積み上げただけのチョルテンがあります。
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7:06 バンコク空港をほぼ予定時刻に離陸。
前回は遅れて11:30になりました。
そしてパロに着いても悪天候のため着陸出来ず、コルカタに引き返してしまいました。
天候の回復を待って再び出発し、ようやく夕方6時にパロ(手持ちの高度計で2335m)に着きました。
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11:08 パロ(PALO)に無事着陸しました。
雨上がりの空港はさっぱりとした清々しい感じで、
個人的な事情もあり、2年振りの感動的な再訪です。
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11:15 ターミナルに入った右手でアライバル・ビザ代20$を払います。
その際Visa Copyの用紙を見せるように言われます。
ターミナルを出ると前回もお世話になったガイドのソーナムさんが待っていました。
運転手さんを紹介されます。今回の車はランドローバー(RAND ROVER)です。
やはり東部への旅だからでしょう。
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12:15 チュゾム(Chhuzom)の検問所で小休止。前回は暗くなり掛けていました。
川岸の3種類のチョルテンを撮ります。左からネパール型、チベット型、ブータン型です。
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13:10 ティンプー(THIMPHU)の街が見えました。
川沿いに高速道路を建設中です。
家が増えました。ティンプーの手前にまで広がっています。
新しい家はトタン屋根を塗装しないで金属色のままです。
そういえば飛行機からも見えました。
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15:00 - 15:35 メモリアル・チョルテン(Memorial Chorten)
1974年にフシ・ブンツォ・チェグロン太后が、
1972年に亡くなった息子のジクミ・ドルジェ・ワンチュック第三代国王を
偲んで発願したもので、ティンプーのランドマークになっています。
その遺体はブムタンのクジェ・ラカンに祀られています。
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今回は中に入り、上まで登ります。
休みなので参拝客で賑わっています。
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15:45 - 16:00 ドゥプトプ尼僧院(Drubthob Nunnery)
ドゥプトプはブータンに鉄の橋を伝えた高僧タントン・ギャルポのことです。
右側に王昭君の像があります。
漏電で僧坊が焼けてしまい再建中です。
尼さん達も手伝っています。
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タシチョゾン全景。
ガイドブックより
ティンプーのゾンであり、政府および国家仏教団の所在地となっている。
昔からのしきたりで国家仏教団は12月から5月まではパロに居を構えるため、
この間タシチョ・ゾンは一般公開される。
夏にこれら僧侶団がタシチョ・ゾンに移住すると6月から11月まで公開禁止となり
今度はプナカが公開される。
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ホテルから見た朝のティンプーの町並みです。
今日はティンプーから一気にトンサまで行きます。
中部ブータンの代表がトンサとブムタンです。
トンサは標高2,250m、すり鉢型をした町の谷底部分にゾンがあり、
かってその一部を旧街道が通っていたそうです。
トンサは初代国王も現国王も王位を継承する前にトンサのペンロップ(領主)で、
現ウォンチュック王朝と深い係わりを持っている所でもあります。
ブムタンはチュメ(Chume)、チェコール(Chekhor)、タン(Tang)、ウラ(Ura)という
4つの谷からなる地域の総称です。
チュメとチェコールでは農業、タンとウラではヤクと羊の放牧を行っています。
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8:50 - 8:57 ドチュ・ラ(Dochu La) 標高3210m 気温22.4℃
一昨年とすっかり様変わりしてしまい驚きました。
第2代国王夫人のメモリアル・チョルテンができていました。
BTCL経営の茶屋は閉鎖されてしまいました。
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10:12 チミ・ラカン(Chimi Lhakhang)が見えました。
左折するとロベサ村(Lobesa village)です。
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10:30 ウォンディ・フォドラン・ゾン(Wangdi Phodrang Dzong)の麓の橋。
ティンプーから車でおよそ2時間半、
ティンプーから65kmの地点にあるロベイサ交差点を9km程南下すると、
ウォンディ・フォドラン・ゾンの麓にたどり着きます。
ゾンはプナツァン・チュとダン・チュという2つの川の合流点を眼下に望む
要衝の山尾根に建っています。
橋は去年架け替えて前より少し右側になりました。
橋を渡り坂道を上っていくとやがて中央広場に着きます。
フォドランは城という意味なので、町は短くウォンディと呼ばれます。
今回は通過します。
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10:55 - 11:15 キチュ・リゾート・ワンデュ・ポダン(Kyichu Resort Wangdue Phodrang)
は前回泊まった所で、ここでティタイムをとります。
激しい川音がうるさいほどです。
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12:18 - 12:53 ノブディン村(Nobding village)標高2745m
ここにはレストランがあり2000〜03年まで営業していたそうですが、
今は廃業して、村の人が施設を利用して食事を出しています。
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弁当を用意して来ましたが、村人がご飯やエマダツィも出すので、
ガイドと運転手はそれを食べました。
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13:25 ペレ・ラ(Pele La)標高3475m。
ガイドブックには、「ウォンディ・フォドランから車で一時間程行くと、
標高3300mのペレ・ラに着く。
ここは西部ブータンと中部ブータンの境界をなしている。
4〜5月にはシャクナゲやモクレンが美しい花を咲かせ、
寒い冬には、まだ高地には放牧されていないヤクの群れを見かけることができる。」
とあります。
ペレ・ラ(Pele La)を越えるまでは霧が多いのですが、
越えると晴天になりました。
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14:20 チェンデブジ村(Chendebji village)
チェンデブジ・チョルテン(Chendebji Chorten)標高2550m
ペレ・ラの頂上から45分程の距離(右手)にあるこの白亜のチョルテンは
18世紀前半に建てられたブータン最大規模の仏塔で高さ約10m。
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ネパール風の目の描いてある丸型のチョルテンの左横にあるブータン風の四角いチョルテンは現皇太后の建造したもので、
右にはより古形の塀型のも立っています。
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15:15 トンサ(Tongsa)見える。
トンサはプナカのような平地のイメージでしたが、
実際にはウォンディのような崖というか、もっと断崖絶壁でタクツァン僧院のようでした。
断崖絶壁の上の巨大ゾンはウオンディ・ゾンに似ていますが、出会いは遥かに衝撃的です。
この町は一にもニにもこのゾンで持っている感じです。
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15:30 View Point
トンサは目の前にありますが、道は谷を回りこむのであと13kmもあります。
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15:46 ビージー・サンバ(bridge)
一気に下り、橋まで来ました。
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ヴィザム(滝)
ビージー・サンバを渡り対岸に出ると、ここから登りです。
橋のそばに滝がありました。
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16:00 山道を登りトンサが近づいたとき霧雨が降ってきました。
ちょうど太陽が後ろに位置していましたので、トンサ・ゾンに綺麗な虹(Rainbow)がかかりました。
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16:08 HOTEL NORLING TRONGSA Room104
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タ・ゾンを見上げます。タ・ゾンを持つのはこことリンプン・ゾンだけです。
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8:25 - 9:05 トンサ・ゾン(Tongsa Dzong)
1647年、シャブドラン・ガワン・ナムギェルはマンデ・チュー(川)を見下ろす難攻不落の地に、
高祖父ンガギ・ワンチュクにより建てられた寺を拡張し、
トンサ・ゾン、正式名チョコル・ラプテンツェ・ゾンとしました。
トンサ・ゾン歴代のペンロプにより度々増改築が行われ、
今では中庭、廊下、通路および23の寺院からなる迷宮となっています。
200人の地方仏教団は夏にはブムタンのグジェ・ラカンに移住します。
拝観には特別許可が必要です。
9時頃にガイドのソーナムさんがなんとなく私を急がせるような素振りを見せました。
またゾンの入場は9時からだったような気がしたので、
ソーナムさんにそのことを尋ねると、要するにこう言うことでした。
私が写真をよく撮るので、ソーナムさんが気を利かせて、
門番の居る8時半頃に入り(早いと門番がいない)、
9時前までに写真を撮って、役人の出勤する9時には出てしまうということでした。
私がそれはいい考えだと誉めると、照れていましたが、
この手はこの後ウォンディ・フォドラン・ゾンでも使いました。(いいのかなあ)
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ゾンの簡単な構造です
ドシェン(Dochhen大きな石の意)中庭
ウツェ(Utse)搭状建築
ダシャ(Dasha)僧房が取り囲む
ケマー(Khemar)外壁の赤い帯
ゴリカ(Gorikha)ウツェの入り口
ソカン(Tshokhang)ウツェの中心
チュチジェイ・ラカン(Chuchijey Lhakhang)仏殿
ゲンカン(Genkhang)寺
サンゲイ・テンバ・ラカン(Sangey Temba Lhakhang)最も神聖な仏殿
キュンレイ講堂
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ゾンのすぐ上にタ・ゾンがあり、望楼であることがよくわかります。
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10:20 - 10:27 ユト・ラ(Yuto La) 標高3475m
ガイドブックより
ユトン・ラ(Yutong La)ともいう。
トンサ・ゾンを後にすると道は急にヘアビンカープの上り坂となる。
シャクナゲや松の古木の森を過ぎるとやがて標高3400mのユト・ラ(峠)。
トンサからここまで車でおよそ1時間30分(29km)。
ここから険しい風景は一転し、トウヒ(エゾ松)や羊歯(シダ)で覆われた
なだらかな谷間の田園風景に変わっていく。
道はやがて小さな村々を通り、広大なチュメ渓谷(標高2700m)へと下ってゆく。
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10:57 ドムカル・タシチョリン(Domkhar palace)標高2970m
3代国王の妻すなわち皇太后68歳の別邸です。
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11:30 shop cloth600rp postcard20rpx5
家の前の広場に麦を干しているみやげ物屋があったので、
写真を撮らせてもらい、何か買うことにしました。
マフラーをブムタン地方の模様のものを選んでもらい15$=600Nuでした。
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ブムタン地方はウールの織物の名産地です。
マタは目の詰まった織り方で、ゴやキラ用。
ヤタは太い毛糸を使ったカラフルな織物で、膝掛けやマフラー用。
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13:05 - 13:13 ジャンべ・ラカン(Jampey Lhakhang)
ガイドブックより
バロのキチュ・ラカンと並んでブータンでも最も由緒ある寺院。
7世紀前半にチベットの王ソンツェン・ガンポにより108の寺院の一つとして建立された。
キチュ・ラカンは魔女の左足に、ジャンべ・ラカンは左膝に建てられている。
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中には素晴らしいフレスコ画がありますが撮影禁止で、これは外のものです。
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13:20 クジェ・ラカン(Kuje Lhakhang)
ガイドブックより
崖を背に3つの堂宇が並ぶクジェ・ラカンは
7世紀のブータン仏教の開祖グル・リンポチェ(パドマサンババともいう)を
記念して建てられたもの。
右端の堂宇はリンポチェの体の影(クジェ)が残っているという大きな岩の上に
1652年に建立された。
リンボチェはこの岩の上で瞑想を行い、ついに土着神シェルギン・カルポ
を退散させた。
クジェ・ラカンはクルジェ・ラカン(Kurje Lhakhahg)ともいい、
クルは「身体」 、ジェは「痕跡」という意味である。
その手前の堂宇は1900年、
初代国王ウゲン・ワンチュクがトンサ・ベンロップ(領主)であった時代に
建立したもので、
バロのキチュ・ラカンと同じグル像が祭られている。
左の堂宇は、
国王一家の後援(特に皇太后アジ・ケサン)により1900年に建立されたもの。
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ここからは歩きになります。竹楼の家が建ち並んでいたので写真を撮りました。
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ガイドのソーナムさんによると東部からの移住者の集落でした。
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ガイドのソーナムさんがマリファナが自生していると教えてくれました。
私が家畜は食べたりしないか(放し飼いですから)聞いたところ、牛は食べないが豚は食べるそうです。
土地の人は豚に餌と混ぜて与えるそうです。元気になるとか。その後至る所で見かけました。
日本でこの写真を見た中国・大連の女性は肉を焼くときに入れると言いました。
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14:30 - 14:55 タムシン僧院(Tomshing Gompa)
700年前のフレスコ画を見せて貰いました。お礼に100Nu渡しました。
ガイドブックより
1501年から1505年にかけてニンマ派(バドマサンババを始祖とする)の
名僧ペマ・リンパ(Pema Lingpa)により建立された。
べマ・リンパはグル・リンボチェの生まれ変わりだという。
本堂を囲むように回廊状に僧房が建っている。
この僧院には当時のヒマラヤ地帯を描いた傑出した絵画が多く保存されている。
川の向こう側にクジェ・ラカンが見える。
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15:00 水車小屋があったので中を見せてもらうと、蕎麦を粉にしていました。
外に出るとにわか雨です。
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15:05 雨が激しいのと中には入れないと言うことなのでコンチョスムは車から写真を撮りました。
8世紀ペマ・リンパの建設だそうです。
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15:15 レッド・パンダビール、ブムタンチーズの工場です。
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15:33 ナムケ・ニンポ・ラカンnamuke・ninpo・Lhakhang
8年前にできた私立の仏教学校があります。
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15:52 - 16:25 ジャカール・ゾン(Jakar Dzong)標高2835m
ジャ=鳥、カール=白い、という意味だそうです。
ガイドブックより
ジャカール・ゾン(JakarはByakarとも書かれる)は
渓谷を見おろす小さな山の尾根に建っている。
このゾンは始めドゥルック派僧ガギ・ウォンチュック(シャプドルゥンの父君)が
トンサを築いた後の1549年に僧院として建築し,後にゾンに改築したものであるが、
1897年の地震崩壊により現在の小規模なものに再建された。
当初ガギ・ウォンチュックが建築予定地に
白い鳥が舞っているのを見て吉兆としたところから「白鳥城」と呼ばれている。
至近距離で眺めるのが難しく、遠くから見るのがよい。
ここにはブムタンの行政府が置かれているが、僧侶団が入っていないのは珍しく、
ブータンでもここだけである。
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夕食の時に悪いニュースがありました。
ソーナムさんがここで友人のガイドに会ったそうです。
その友人の話しによると、モンガルとタシガンの間のコレ・ラの先で、
160mくらいにわたって土砂崩れがあり、復旧に1週間以上かかりそうだということです。
その友人は家がタシガンにあるので、モンガルで3日待ってもダメだったので、
歩いて土砂崩れ地帯を通過し、向こうでタクシーを使って行って来たそうです。
またタシガンの先のルンテンザンパは町ごと洪水で流されたそうです。
トムセン・ラは大丈夫なのでモンガルへは行けますが、
タシガンは難しい状況になりました。
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ホテルのすぐ上にゾンがあるのですが、ここからは見えません。
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9:08 遥か彼方にジャカール・ゾン(Jakar Dzong)が見えます。
ジャカール・ゾンは下からは見えにくいのに、このような遠くからも見えるのが、
武田信玄の光通信みたいです。
ブムタンはパロのように平地に川が流れ、広々とした感じですが、
標高が高いので水田がなく、ジャガイモ畠や放牧地が北海道のような雰囲気です。
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11:39 トムシン・ラ(Trumseng La) 標高3805m 気温21.7℃
4、5月には辺り一面石楠花の花におおわれるそうです。
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12:48 - 13:22 センゴル村(Sengor)標高3100m 気温31.1℃
用意してきたお弁当で昼食です。
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おいしく食べる条件は3つです。外で食べる、みんなで食べる、腹を空かして食べる。
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14:53 Bulldozer
崖崩れの修復にブルドーザーが来ています。
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16:53 モンガル(Mongar)
メインストリートです。
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17:00 ドゥク・クェンデン(Druk Kuenden Guest House) 標高1740m 気温33.3℃
宿の下にサッカー場があり、試合をしていました。
高校チームと商店街チームだそうです。
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松の枝を山から切ってきたようです。葉を燻して使うようです。
写真174参照
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8:32 - 8:39 コリ・ラ(Kori La) 標高2495m
ここから先へは行けないという以外、特に印象的な所ではありません。写真を撮って戻ります。
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9:20 - 9:36 モンガル・ゾン(Mongar Dzong)
2階建てのこぢんまりとしたゾンです。
もともとションガルにあったものが1780年火災で失われたため、
1953年先代国王が気候のいいモンガルに再建したそうです。
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モンガルはトンサのような山の上の町ですが、川がないのでタウンジーのような感じです。
蕎麦畑などは麗江で見たような風景です。
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9:52 - 10:02 taxi stuck
町に上がろうとしたタクシーが泥に嵌まり動けなくなっています。
何人かの男達が押しましたがダメです。
見た所一旦下がって脇の方を上がればよさそうです。
しかしタクシーの運転手はそこらにあった針金をつないで、
我々の車で引っ張ってくれと頼みに来ました。
いくらなんでもそれは無理だろうと思いましたが、
我々の車の運転手も無碍に断れないようです。
案の定簡単に外れてしまいました。
結局我々の車が脇を通っておさらばしました。
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11:58 ナムリン・チュnamrin chu bridge 標高2330m
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12:26 ナムリン滝の上標高2685m
ここだけ見ればありふれた流れですが、山側の川が道路を越えて、
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谷川の崖の、ここから落ちて行き、あの豪快な滝になります。
高度差は180mあります。
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14:10 標高3540m
山の作業や道路工事の人達は家族連れで来ているので、山の中にも子供がよく居ます。
たまたま一口チョコレートを袋で持ってきていたので、
ソーナムさんに、子供にあげるのはどうか聞いたところ、
構いませんよと言うので、
女の子3人にソーナムさんから渡して貰いました。
ソーナムさんが声を掛けても貰いに来ないのでどうしたのかな、
やっぱり他人から貰ったりはしないのかなあと思ったら、
言葉が違うのでわからないのだとソーナムさんが言いました。
学校へ行く前の小さい子はゾンカではなく、
この地方の言葉しかわからないようです。
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16:22 wild cheery 標高3520m
高い所でこの花をよく見かけます。
ワイルドチェリーだと言われましたが、日本名が分かりません。
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17:06 Jakar Dzong 標高2960m
ジャカール・ゾンが見えたので、写真を撮ろうとしたらアッと言う間に霧に包まれました。
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レッドパンダビール(RED PANDA BEER)は林檎から造られます。
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8:28 車を降りて歩き、ドゥルトゥ川の小さな橋を渡ります。
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8:52 THANGBI village kanban no ie
川向こうをさらに進んだ所にあるタンビ村(THANGBI village)で蕎麦の刈り入れをしています。
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9:00 - 9:00 タンビ・ラカン(THANGBI Lhakhahg) donation100Nu
このお寺は13世紀にインドから伝わったらしいのですが、
ブータンには珍しいご本尊が触地印(そくちいん)の釈迦如来像で、
左右にはサーリプッタヤー(舎利佛(にんべん無し)しゃりほつ)
とマハーモッガラーナ(大目腱(月ではなく牛)連)の両尊者と思われる像を配しています。
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寺の前の広場に石を積み上げただけのチョルテンがあります。
shou224鳥居
オボー
モンゴルではチベット仏教が盛んだが、民間信仰も根強く残っている。
道沿いには小石を積み上げた「オボー」をよく見かける。
天・土・水が集まる場所として信仰されている。
道行く人は下車し、道中の安全を祈ってオボーを時計回りに3周し、
1周ごとに周囲の石を一つ積み上げる。
ドチュ・ラでも道中の安全を祈って3周しました。ただし車で。
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お寺の前のこの広場で11月にはツェチュ(お祭り)が行われるそうです。
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13:14 ビージー・サンバbridge 標高2020m
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14:42 ニカチュ村(Nikachhu village) bridge標高2705m
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14:46 野猿の群れに出くわし、あわててカメラを構えます。
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流石に素早く、あれよあれよと言う間に群れが横切って行くので、これが精一杯です。
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16:50 WONGDI KICHU RESORT17
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8:28 ウォンディ・フォドラン・ゾン(Wangdi Phodrang Dzong)入口
ガイドブックより
威風堂々のウォンディ・フォドラン・ゾンには州の仏数団が入っており、
特別の参拝許可がなければ見学出来ない。
これはシャブドラン・ガワン・ナムゲルが1638年に創建したもので、
1683年にはブータンの第4代デシ(世俗の長。デブともいう)の
テンジン・ラプゲが拡張を行った。
銀板葺きの屋根、
細い中庭そして他かな佇まいとが相俟って独特の雰囲気を醸し出している。
麓から仰ぎ見る白亜のゾンは蒼天に聳えなかなか圧巻である。
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中庭にピッパラ樹(菩提樹、GOLDEN BANYAN)と薔薇園
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9:40 プナカ・ゾン(Punakha Dzong) donation100Nu
ガイドブックより
1637年にシャブドラン・ガワン・ナムゲルが築いたこのゾンは
ポ・チュ(男川)とモ・チュ(女川)の2つの川の合流点に
まるで巨大な船のように鎖座している。
幅は優に100メートルはある。
1953年に第一回国会がここで開かれた。
プナカが比較的低地にあり
しかもティンプーが1950年代初頭に永世首都に定められるまでは
毎年政府がティンプーからプナカへ移動してきたことに因み
シャブドランがプナカを冬の首都として定めたもの。
古来からラマ教の総本山であり、ジェ・ケンポをはじめ千人のラマ僧がいる。
これらの僧侶達は夏の間はティンプー・ゾンで過ごす為、
6月から11月までの6ヶ月間は一般に公開されている。
1978年まで首都
1636年
大仏8伝図
ガイドのソーナムさんはKを発音しないのでプナハと言う。
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11:00 ニセガン村nisegan v. 標高1470m
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11:24 サボテンの花 気温33.2℃ 標高1405m
この辺りはブータン特有の乾燥谷(かんそうこく)なのでサボテンがたくさんあります。
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14:34 - 14:40 ドチュ・ラ(Dochhu La) 標高3215m 気温28.3℃
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松の葉が焚かれます。お線香の原型でしょう。
ドチュ・ラが駐車場になったのには驚きましたが、人々の慰安の場になっているのなら仕方ありません。
ラマ僧の念仏は東巴を髣髴とさせます。
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9:33 タングー/チェリ(Tango/Cheri Gompa) 標高2675m
ソーナムさんによるとここには尼さんが108人いるそうです。
丁度修行を終えたらしい尼さんが降りて来て、迎えのバスを待っていました。
中には立派なスーツケースを持っている者もいましたが、
あれは持ち上げるのが大変だったことでしょう。
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これにしてもダルシンにしても、簡単にお祈りを済ませることを考える割りに、
五体投地など苦しいお祈りも残っているのが不思議です。
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10:12 ドゥク航空の事務所でガイドのソーナムさんがリコンフォームをやってくれました。
10分くらいかかるから、隣のみやげ物屋を見ていてくださいと言われました。
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10:12 - 10:40 emporium Y5000
ハンディクラフト・エンポリウム(Handicrafts Emporium)は、国営手工芸品商店で、
タン力(「仏画」),竹細工,織物,木彫,宝石,書籍,陶器などを販売しています。
前回ここでタンカなどを買いましたから、今回は買うつもりはなかったのですが、
折角ですから記念にTシャツなどを買いました。
ここで買う時は、店員さんから品物指定して受領証をもらい、
これを出口のキャッシャーに出して支払い、品物を受け取る仕組みです。
ここでは米ドル、日本円、クレジットカードのいずれも使えます。
因みに私は1万円札を出したら、5千円はないかと聞かれ、
千円札でならあると言うと、それでいいと言われました。
日本円が使えても1万円札だけというのが多いいのですが、
ここは皆使えるようです。ただしおつりはヌルタムです。
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11:22 ティンプーを出てすぐの所でトラックが
道から落ちて見事にひっくり返っていました。
クレーン車が2台来ていました。
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11:55 カサダッチュ村(Khasadapchu village)
道端できのこを売っています。
値段を聞いたガイドと運転手の2人は、
60Nuは高いパロなら30Nuだと話しています。
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14:35 - 14:55 Kyerchu
ガイドブックより
キチュ・ラカン(Kyichu Lhakhang)
新旧2層の寺院からできている。
元々のキチュ・ラカンは、
伝説によれば、7世紀にチベットの最初の仏教徒の王であるソンツェン・ガンポが建立し、
19世紀に再興されたもの。
キチュ・ラカンは仏教の布教を阻止せんと
大魔女がチベットおよびヒマラヤ全域にわたり身を横たえたのに対抗すべく
108の寺院の一つとして建立されたものだといわれる。
ラサ(チベット)のジョカン寺は魔女の心臓部に、
そしてキチュ・ラカンは左足に建てた。
グル・リンボチェもここを訪れ瞑想をおこなっている。
外国人に一般公開されていない。
190
小さな寺の周囲に108のマニ車がビッシリ並んでいます。
192
ホテルの庭にキツツキみたいな鳥が飛んできました。でもキツツキは地面に降りないのでは?
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女の子が付いて来てしまいました。
向こうから見れば変な生き物が動いているのですから興味はありますやね。
昔、氷屋のリヤカーの後をいつまでも付いて行ったことがありましたっけ。
196
10:20 ケレ・ゴンパkere gompa 標高3460m
199
10:40 - 10:46 チェレ・ラ(CHELE LA) 標高3835m
3988mという標識がありますが、そこまではないようです。
「地球の歩き方」にブルーポピーを7月21日に見たという記事がありましたが何とも疑問です。
ガイドのソーナムさんは8月だと言います。
3988mは高すぎるようだと書いてあるのはその通りだと思います。
201
11:41 ヨントー村yonto v.標高2850m
202
ハから6km程のこの村は、去年の台風で家が倒されてしまったために、
皆新築になっているのだそうです。
203
11:50 パロではすっかり見掛けなくなりました。一家繁栄の印ポーです。
207
12:00 - 13:03 昼食にサンドイッチを持って来ましたがHOTEL LHAYUL(ハーユル)というのが2ヶ月前にできたそうなので、
ここで昼食を取りました。
209
インド系のホテルですのでここの食事はカレーですし、紅茶は本場のチャイでした。
211
13:26 HAA Dzong標高2925m
ハ・ゾンは上からの方がよいようです。
ハはインド軍の駐留地で町に面白味はありません。ハ・ゾンはインド軍の司令所みたいです。
実際はそうではないようです。レストランもインド料理ですが、流石に本場物でおいしいです。
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14:25 アヤメの群落標高3710m
日陰の湿地に群生していました。
尾瀬にはアヤメ平という地名があります。
4月25日にTV「所さんの目がテン」でやっていましたが、それによると、
アヤメ
ガクの模様は網目
種子と根茎で増える
山間部の水はけのよい所に自生
7月開花
カキツバタ
ガクの模様白い線
水辺
ハナショウブ
ガクの模様黄色い線
水辺と水はけのよい所の両方で育つ
園芸種で毎年30種くらい増えている
これらの花はガク、花びら、めしべがみな花びらみたいになっている
ショウブ
サトイモ科
水生植物
ガマのような茶色の花
根茎で増える
精油成分アザロン、オイゲノール
血行をよくするのでショウブ湯に使う
防虫効果もある
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15:20 ボンデー村にあるダショー・西岡京治メモリアルチョルテン標高2545m
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15:31 小学校の下校時間にぶつかり、
迎えの車で交通渋滞をおこしていました。
制服は当然「ゴ」と「キラ」で、格子縞模様は学校毎に異なるそうです。