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06:55 boarding seat17A
ブータン国営航空ドゥックエア(DrukAir)の去年10月に2機就航した新鋭機エアバスA319です。
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09:52 Kolkata landingコルカタ到着。
ターミナルの上の看板を見てビックリしました。
チャンドラ・ボース(CHANDRA BOSE)空港だったのです。
太平洋戦争中の昭和18年に、日本は太平洋方面でアメリカ軍に圧迫され、2月ガタルカナル、
5月アッツ、8月キスカ、11月マキン、タラワと相次いで落とされています。
そこでインドに活路を求めるために、7月チャンドラ・ボース自由インド仮政府を樹立、
8月1日バー・モー首相によるビルマ独立、11月大東亜会議開催とイギリスに対抗して行きます。
そしてやがてインパール作戦へと突入していきます。
その人物の名を冠しているとは!
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機外に出て、早速写真を撮ります。
当然ですがドゥク・エア機はバンコクよりパロが似合います。
遠くにリンプン(宝石の山)・ゾンとも呼ばれるパロ・ゾン(PARO Dzong)と
国立博物館となっている望楼タ・ゾン(Ta Dzong)が見えます。
嬉しくて思わず笑いが込み上げて来ます。
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12:05 ドゥゲ・ゾン(Drukgyel Dzong)
パロ商店街からおよそ15kmにある、4度にわたりチベット軍を撃退したことから、
「ブータン人の勝利のゾン」の名で呼ばれるドゥゲ・ゾン(Drukgyel Dzong)からは
チョモラリが眺められるのですが、残念ながらチョモラリの頂上は雲の中でした。
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水汲み用の通路です。包囲したチベット軍の隙を見て水を汲みに行ったそうです。
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ブータン馬は小型でも、おとなしく力強く、トレッキングに欠かせません。
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帰りの車中から山の中腹にタクツァン僧院(Taktsang Monastery)(Hermitage)
が見えました。ズームです。
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13:09 チュゾム(Chhuzom)の検問所で小休止。
川岸の3種類のチョルテンは、夏には邪魔していた木が冬枯れなのでよく見えます。
このような川の合流地点には「魔」がいるので、チョルテンを建てるそうです。
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15:24 製紙工場見学
日本の和紙の里・島根県三隅町と技術交流しているそうです。
この紙に龍の絵などを書いたものを買いました。
1枚700nu、3枚で2100nu=50$と高価です。
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15:50 サブジ・バザール(Subji Bazzar)。
サブジはインドのヒンディ語で野菜の意、ブータン語ではツェムセ・トンカで意味はやはり野菜市場だそうです。
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9:00 dochu la 標高3230m 12.2℃
シムトカ・ゾンを過ぎるとブナ力/ウオンディ・フォドランへの道は次第に上り坂になり、
20分程行くとドチュ・ラ(標高3050m)に着きます。「ラ」は峠の意味です。
ドチュ・ラでは大きな矩形のチョルテンと風にはためくダルシン(経文旗)が立ち並びます。
冬や晴れた日には、東ヒマラヤの高峰が眺められるそうです。
ドチュ・ラから道は下り坂となり様々な植物の間を抜けて、プナカ/ウォンディ・フォドラン渓谷(1300m)に至ります。
BTCL経営の閉鎖された茶屋は少し先の峠を下った所にできていました。
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10:23 ウォンディ・フォドラン・ゾン(Wangdi Phodrang Dzong)
の麓の橋に到着、ここに検問所があります。16.0℃ 標高1335m。
ティンプーから車でおよそ2時間半、ティンプーから65kmの地点にあるロベイサ交差点を9km程南下すると、
ウォンディ・フォドラン・ゾンの麓にたどり着きます。
ゾンはプナツァン・チュとダン・チュという2つの川の合流点を眼下に望む要衝の山尾根に建っています。
橋は架け替えて前より少し右側になりました。橋を渡り坂道を上っていくとやがて中央広場に着きます。
フォドランは城という意味なので、町は短くウォンディと呼ばれます。
町は川岸のニュータウンに移転するそうです。今回は通過します。
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11:40 ノブディン村(Nobding village)標高2770m
ここにはレストランがあり2000〜03年まで営業していたそうですが、今は廃業して、
村の人が施設を利用して食事を出しています。
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赤米で少し粘りがあります。土地の人は手で握って餅状に固めて食べています。
ラオスの食べ方と同じです。
小鉢は左手前から順に、バター茶スジャ、トウモロコシの粉のポタージュ・スープ、
豚肉の脂身を唐辛子で煮たパクシャ・パーで、大根に味が染み込んでいておいしいです。
最後がエマ・ダツイです。
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12:30 ペレ・ラ(Pele La)標高3520m。
ガイドブックには、「ウォンディ・フォドランから車で一時間程行くと、標高3300mのペレ・ラに着く。
ここは西部ブータンと中部ブータンの境界をなしている。
4〜5月にはシャクナゲやモクレンが美しい花を咲かせ、寒い冬には、
まだ高地には放牧されていないヤクの群れを見かけることができる。」とあります。
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12:37 早速ヤク(YAK)を見ることができました。
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13:15 チェンデブジ村(Chendebji village)
チェンデブジ・チョルテン(Chendebji Chorten)標高2550m
ペレ・ラの頂上から45分程の距離(右手)にあるこの白亜のチョルテンは、
18世紀前半に建てられたブータン最大規模の仏塔で高さ約10mです。
ネパール風の目の描いてある丸型のチョルテンの左横にあるブータン風の四角いチョルテンは現皇太后の建造したもので、
右にはより古形の塀型のも立っています。
ここからトンサまではおよそ42kmです。 チェンは目の意だそうです。
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13:55 トンサ(Tongsa)・ゾンが見えました。
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14:22 ビージー・サンバ(bridge)
一気に下り、橋まで来ました。
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14:43 シェルブリンの病院からトンサの町を見下ろします。
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15:11 トンサ・ゾンの東方の山肌にある、タ・ゾン(望楼)に登ります。
最上階には軍神ゲサル王(リン・ゲセル)を祀っているそうですが、中には入れませんでした。
このゾンは鷲が翼を広げた姿をしているそうです。
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15:30 yangkhil resort 404
今夜の宿ヤンキルは以前町中にありましたが、去年10月にトンサの手前の街道左斜面に新しくできました。
目の前にトンサ・ゾンが見えます。
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厨房を覗かせてもらいました。ブータンではそのまま煮炊きしますから、煙がもうもうです。
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ゾンは門が狭いので、鴨居となる長い材木を入れるために大変な苦労です。
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ガイドのリンツィンさんが、
ここがベスト・ショット・ポジションですよと断崖の縁に立って撮ってくれたものです。
私にはできません。
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先程の部材はこうして使われます。確かに古くなっていて交換の時期のようです。
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11:07 ドルシュ・ゴンパは山中にポツンと建っています。
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走行中に撮ったのでブレていますが、左に氷柱があります。
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11:45 ユト・ラ(Yuto La) 標高3540m
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12:19 チュクチ・ラカン(Chukchi lhakhang)
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12:21 タルパリン・モネストリ(Tharpaling Gompa)は山の中腹です。
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12:30 ドムカル・タシチョリン(Domkhar palace)標高3015m
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13:12 織物工場のみやげ物屋。
THOGME YESHEY
THOGME TSHONGKHANG & BAR
YATHA FACTORY
ZUNGNYE BUMTHANG SHERUB LHAM PRESS
前回はマフラーを15$=600Nuで買いました。
今回は奮発してジャケットを1600Nuで買いました。
ブムタン地方はウールの織物の名産地です。
マタは目の詰まった織り方で、ゴやキラ用。
ヤタ(YATHA)は太い毛糸を使ったカラフルな織物で、膝掛けやマフラー用。
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13:26 Zunge mone. donation 50nu
みやげ物屋の右隣がズンゲ・ラカン(Zunge Lhakhang)またはゲニェン・ラカンで、
7世紀ソンツェン・ガンポの建立といいます。
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13:30 lunch
持参した弁当をみやげ物屋の中で遣わせてもらいました。
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15:15 Prakhar mone.
プラカールは「白い猿」の意です。
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15:30 チュメ谷とチョコル谷を隔てるキキ・ラ(Kiki La)標高2985m 12.6℃。
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チョムカル・チュの上空を「チョフ」という黒い鳥が群れ飛んでいます。
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夕食です。
左手前からマッシュルーム、その向こうがサヤインゲン、右がフレンチポテト、
その奥がエマダ・ツィ、右へチキンカレー、赤米です。
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薪ストーブ。
どうやって火を点けるかと見ていたら、ペットボトルに入ったケロシンをかけて、マッチで点けました。
その方が簡単ですやね。
松の薪はすぐに燃え上がって火力も強いのですが、燃え尽きるのが早く、長く暖を取るのには適していません。
同じ様な薪ストーブが、昔よく行った、上越のスキー民宿にありましたが、あれは火持ちがよかったです。
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交差点の標識
THIMPHU-260 TRASHIGANG-284
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MONGAR-193 LAMEY GONPA-6
URA -49
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宿に戻ると、宿の主人がお正月の風習だからと、お粥を炊いて出してくれました。
2種類あり、一つは生姜で煮たもの、もう一つはアラ(米焼酎)で煮た独特の風味と酸味をもつものでした。
アラはガイドブックには麦や蕎麦あるいはトウモロコシから作るとありましたが、宿の主人は米と言っていました。
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左はブッシュ大統領が喉に詰まらせたプリッツェル、中はポテトチップ風、
そして右は炒り米です。
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9:43 クンサンダ・ラカン(Kunzandrak Lhakhang)は山の中腹にあります。
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メンバル・ツォ(ME-BAR TSO)
「ツォ」は湖の意ですが実際は淵で、急流の多いブータンの川には珍しいので、
物語の舞台になったのではないかと思いました。
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「メンバル」は炎で、ペマ・リンパがバターランプを持ったまま飛び込み、
ランプの火が消えることなく、ここから教典や宝物を拾い上げたことから聖地になっています。
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11:00 - 12:00 ペンガヤ山(標高約5300m)
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クンサンダ・ラカン(Kunzandrak Lhakhang)の写真を撮ろうとしたら、赤い塊が見えました。
近寄ってみたらクンサンダ・ラカンに向かってお祈りをしている尼さんでした。
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この先に尼寺があり、今ここの空き地に建て替え中なのでした。
寺に誘われたので行くことにしました。
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11:00 - 12:00 ダーツ(Darts)
ベブズル村(Babzoor)の寺の前の広場でブータン式ダーツのクル(Khuru)をやっています。正月だからだそうです。
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12:00 - 13:00 アーチェリー(Archery)
寺の背後の斜面ではアーチェリーをやっています。これも正月だからだそうです。
そしてこの後、至る所で見ることになります。
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子どもだからか、田舎だからか、判りませんが、古典的な竹をつないだ弓です。
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こちらは竹を使っていますが、手で持つ所の部分が木で、アーチェリーの形になっています
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13:10 lunch
夏のにも書きましたが、食事を美味しく食べる3つの条件、
腹を減らして食べる、
外で食べる、
みんなで食べる、を見事に満たしています。
不味いはずがない!
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寺の前のパノラマ写真です。
デジカメは4枚分を繋げて1枚のパノラマにしてくれます。結構使えます。
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タン谷をさらに奥に進みます。
道はメバル・ツォへ行く途中からずっとこのような砂利道です。車は時速10kmくらいでしか進めません。
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やはりアーチェリーですが、このような川っぷちでは矢が逸れたら見つからないのではないかと思います。
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15:10 シンカー村はウラにも同じ名前の村があります。
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岩壁の真下にあり、裏側の屋根は岩に触れそうになっています。
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パドマサンババが水浴びをしたとされる窪みですが、
穴の中に丸い石が入っていることから、恐らくポットホールだと思われます。
ポットホールは河床の窪みに転石が填まり、
この石が流水で回転することによって岩盤を削り、穴を形成したと考えられるものです。
ポットホールが形成される共通点として、
河床が均質で、柔らかい流紋岩などの岩盤で、川の流れが比較的速いことがあげられますから、
タン・チュの流れはその条件を満たしていると思われます。
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タクリモチェンの先にトワダ・ゴンパがあるそうです。この谷は広いです。
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16:17 dance
シンカー村では女性達が歌と踊りをしています。
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17:30 先ほどのベブズル村の尼僧院で、町へ行きたいからと2人の尼さんが同乗しました。
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9:00 cheese factry 450nu
チーズ工場
YEOSER LHAMO
Tshongkhang
Choekhor:Boethpalathang
BUMTHANG
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ちょっと暗いのですが、机の奥に置いてあるのが切り売りしているチーズで、
半径20cmくらい厚さ15cmくらいです。
秤売りで、始めこれくらいの幅か?と、示した250Nu分は、
小さいようなのでもう少し大きくしてもらい、450Nuの大きさを買いました。
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これがその購入したチーズ塊で、手元に来ると結構大きいです。
ほのかに醗酵臭がしますが、とてもおいしいものです。
なお下の方の凹みは途中でちぎって食べてしまった跡です。済みません。
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9:26 ニマルン僧院はプラカールからさらに20分程先のナンガル(nangal)にあるそうです。
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10:45 YAK 標高3150m ヤクの行列とヤク追いの少年
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11:45 赤いしゃくなげで、冬咲きのものだそうです。
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11:55 water fallヴィザム(滝)は夏より水量が少ないです。
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12:31 dance
ツァンクタンシビ村で女性たちの歌と踊り。
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14:02 stop
舗装作業のため1時間待たされました。
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14:23 Nikachhu bridgeニカチュ村(Nikachhu village)
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14:44 Nikachhu lunch
ニカチュの昼食をとった店です。
行きの時にも食べた豚脂身定食。
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ニカチュの橋の下で遊ぶ女の子達。
私の姿を見つけ盛んに手を振ってきます。
傍を通りかかったおじさんが外国人に出会って喜んでいるんだと説明してくれました。
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15:17 YAK
ペレ・ラのすぐ手前で道から斜面へ降りていくヤク2頭を見かけました。
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15:26 フォブジカ(PHOBJIKHA)への道が左にあり、
ここから19kmです。
ガイドのリンツィンさんが、
この時期だけ鶴がいますよ、
帰りが暗くなっても大丈夫だから行きましょうと、
言ってくれたので行くことにしました。
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15:32 ラワ・ラ(峠)で、
ガイドのリンツィンさんの知り合いが荷物を運ぶ4WD車に行き合いました。
少し先で舗装路は終わり、大きな砂利の道になります。
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15:39 ガンテ・ゴンパ(GANGTENG GOENPA)参道前で写真を撮ります。
フォブジカの谷は氷河の作ったカール(圏谷)です。
ここから4WD車に乗り換え、更に下って行きます。
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16:02 オグロヅル(BLACK-NECKED CRANE)の観察小屋です。
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残念ながら閉まっていました。窓から中を覗くと日本製の望遠鏡がありました。
オグロヅルは丹頂鶴と違い赤い部分はないそうです。(この記述は間違いで赤い部分があります)
体重も約5.5〜6.0kgで丹頂鶴の約10kgより小型のようです。
チベットから12〜2月の間、越冬のため飛来するそうです。
前にヒマラヤを越えるアネハヅルをTVで見ました。
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いかんせん遠すぎて私の200mmの望遠では点にしかなりません。
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群れから離れた「つがい」2羽を微かに捉えることができました。
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16:35 Gangtey mone.
ガンテ・ゴンパまで戻ってきました。
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16:57 ガンテ・ゴンパ入口向かいのゴンパ・ホテル(Goenpa)でティタイム。
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17:15 標高3310m ヤクのキャンプ地
ヤクは冬でも3000m以下の所には行かないようです。
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17:37 ノブディン村(Nobding village)
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ホテルのテラスから見た朝のウォンディ・フォドラン・ゾン。
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7:30 walking
ウォンディ・フォドラン・ゾン(Wangdi Phodrang Dzong)
シャブドラン・ガワン・ナムゲルが1638年に創建したもので、
1683年にはブータンの第4代デシ(世俗の長。デブともいう)のテンジン・ラプゲが拡張を行いました。
銀板葺きの屋根、細い中庭そして静かな佇まいとが相俟って独特の雰囲気を醸し出しています。
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この辺りはブータン特有の乾燥谷(かんそうこく)でサボテンがたくさんありますが、
花はまだ蕾ばかりです。
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向こうから打っています。隣り村との対抗戦だそうです。
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ここのアーチェリーは皆立派なものです。
昔は矢にトリカブトの毒を塗って使いましたが、今は狩りはしません。
そもそも魚釣りもしません。
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チミ・ラカン(Chimi Lhakhang)
ロベイサ近くの円形の丘の上に建つこの寺は、
1499年にドゥルック派のクェンレイ(大司祭)ガワン・チョギェ以前、
「ブータンの神の狂人」ドゥルック・クェンレイによりチョルテンが建てられた地に建立したもの。
子宝に恵まれない女性達の巡礼地となっている。
チメ・ラカン(Chime Lhakhang)ともいわれる。
菩提樹の葉拾う
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12:05 ドチュ・ラ手前の2830m地点で左手に山塊が見えたので、
車を止めてもらい、写真を撮りました。
こういう場合見えた時に撮るのが鉄則だと思ったからです。
右の2つはリッジだそうで、
左へ、
ガンケルプンスム(Gangkar Punsum 7561m)、
ゾンゴプーカン(Zongophu Kang 7049m)英名テーブルマウンテン、
テリカン(Erikang 7127m)、
マサガン(Masagang 6710m京大が登頂)
と続くそうです。
なお、ブータン最高峰クーラカンリ(Kula Kangri)7554mは見えないようです。
(クーラカンリがブータン最高峰と書きましたが、クーラカンリの頂上は中国領なので、
ブータン峰とはしないそうです)
その後ドチュ・ラでは雲に隠れて見えませんでした。
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12:35 check point
ティンプーへの立体交差
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14:19 パロ・ゾンのすぐ下にあるドゥク航空の事務所でリコンフォーム。
フライト時間が変更になり、9:50チェックインと遅くなっていました。
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14:53 昼食は市内のレストランで、
トンサ名物のシャバレ(挽き肉の揚げ団子)、モモ(チーズ入りニクマン)のチベット料理を食べました。
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15:50 kyichu Lhakhang 10nu
キチュ・ラカン(Kyichu Lhakhang)
新旧2層の寺院からできている。元々のキチュ・ラカンは、伝説によれば、
7世紀にチベットの最初の仏教徒の王であるソンツェン・ガンポが建立し、19世紀に再興されたもの。
キチュ・ラカンは仏教の布教を阻止せんと大魔女(デモネス)が
チベットおよびヒマラヤ全域にわたり身を横たえたのに対抗すべく
108の寺院の一つとして建立されたものだといわれる。
ラサ(チベット)のジョカン寺は魔女の心臓部に、
キチュ・ラカンは左足の膝に建て、そしてブムタンのジャンパ・ラカンは右手のひらに建てた。
グル・リンボチェもここを訪れ瞑想をおこなっている。
外国人に一般公開されていない。
ブムタンのタンビ・ラカン(THANGBI Lhakhahg)と同じくご本尊が触地印(そくちいん)の釈迦如来像で、
左右にはサーリプッタヤー(舎利佛(にんべん無し)しゃりほつ)と
マハーモッガラーナ(大目腱(月ではなく牛)連)の両尊者像を配しています。
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中庭のみかんの木。寒いブータンに成るのはご利益だとされています。
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お坊さんが読経中のため、
ガイドのリンツィンさんがいろいろと頼んでようやく入れて貰いました。
中は勿論撮影できません。聖水やアラをもらいました。
リンツィンさんから、お祈りの数珠は胸の前にし、下に置かないことや、
左手で親指を時計回りになるようにして次の珠へ移動し、
一回りしたら戻ることなどを教わりました。
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11:30 boarding carry on bag no check
いよいよドゥクエア機に搭乗です。
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ヒマラヤの山々が見えて来ました。
私にはどれがどれだか判りませんが、地図を見ると位置関係から、
カンチェンジュンガ(Kangchenjunga)8586m、マカルー(Makalu)8470m、
あたりではないかと思います。
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ガンジス河口(Mouths of Ganges)のデルタです。
本当に複雑な図形を形作っています。まさにフラクタル。
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ベンガル湾(Bay of Bengal)に出ました。
右の不気味な塊は、暑くなって脱いだセーターを窓側に突っ込んでいたのが、写ってしまいました。
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15:20 lunch
ドゥク・エアの昼食は以前の軽食ではなく普通のランチになりました。
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そして翌朝成田到着。
この便の機体はボーイング777でしたが、エアバス330になっていました。
やはり”ツナミ”の影響で客が減ったからでしょうか?
しかしあのような巨大地震(M9)の場合、余震の起こる可能性が1年くらいありますし、
その余震の規模は本震よりM1かM2程度小さいと言っても、それ自体が巨大地震ですから、
用心するのも当然のことです。