1 空港のあるパロ(PARO)
解説へ(旅行社の資料です)
1 ブータン国営航空ドゥックエア(DrukAir)KB-121便のBAe146型機(British Aerospace社製)は、
タイのバンコクからインドのコルカタ(KOLKATA)経由でパロに朝6:50に向かう予定でしたが、
遅れて11:30になりました。
そしてパロに着いても悪天候のため着陸出来ず、コルカタに引き返してしまいました。
天候の回復を待って再び出発し、ようやく夕方6時にパロ(手持ちの高度計で2335m)に着きました。
コルカタは旧名カルカッタで2001.1.1に改称されました。
2 着陸間近に分厚く地上を覆っていた雲に切れ目ができ、ブータンの谷が見えて来ました。
(だから着陸できるわけですが)
5 この日の宿泊はティンプーでしたから、そのまま夜道を2時間走りました。
そのため、飛行機から(雲で真っ白です)も、車から(夜で真っ暗です)もあまり写真は撮れませんでした。
ここにイミグレがあり小休止しました。
6 そろそろ辺りは暗くなって来ました。標識にあるとおり左はインド国境のプンツォリンです。
7 プナカからティンプーを通りパロに戻りました。着いた時は夜で景色が見れませんでしたから、初めて見れます。
パロの標高は2435mで、ティンプーと同じくらいです。
13 パロ・ゾンは正式名リンプン・ゾン(Rinpung Dzong)で、ここは撮影出来ました。
14 翌朝ドゥゲ・ゾン(Drugyei Dzong)に行きました。
ドゥゲ・ゾン(Drukgyel Dzong)
「ブータン人の勝利のゾン」の名で呼ばれるこのゾンは商店街からおよそ15km。
国道の終点にある廃墟。
1650年代にチベット軍を撃退したのを祝い,
またバロ渓谷へのさらなる侵略に備えて北西の砦として築かれたもの。
1951年火災により焼け果て雑草に覆われた石畳や崩れかけた土壁が往事を偲ばせる。
1985年荒廃から守るため板葺き屋根を修復した以外は手を加えられていない。
晴れた日には遠くチョモラリ山(「女神の山」の意。7316m)が眺められる。
15 車はここまでで、この先がチョモラリ(Jomolhari)7316mになります。
20 リンゴの木です。大きさは子供の拳くらい、固く、あまり甘くなく、雲南省の麗江で食べたのと似ています。
25 御本尊のある塔の上から見たところです。御本尊は仏陀です。
26 巨大仏画を掲げる建物です。他のところでは中の塔に掲げますが、パロでは多くの人が見れるように外に掲げるそうです。
27 入り口の橋です。ゾンは元々は砦ですから、背後に山、前面に河を配し、小さな橋から入るようになっています。
29 タゾン(TaDzong)は国立博物館(NationalMuseum)となっています。
6階にはチベット仏教4大宗派、ニンマ派、カギュ派、サキャ派、
ゲルク派
を各面にした立体曼荼羅があります。
ブータンでは11世紀から12世紀にかけてカギュ派の支派ドゥク派がパロやティンプーに寺院を建設した。
1616年シャブドゥンはブータンを統一し、「ドゥク・ユル(雷龍の国)」を建てる。
現王朝はトンサのペンロプ(地方行政官)ジグメ・ナムゲルが、
対抗勢力を押さえ、1907年ドゥク・ギャルポ(雷龍王)として王位についた。
32 パロのメインストリート。といってもこの通りの100m程に商店(土産物屋が多い)が並ぶだけです。
34 まだ暗い早朝キチュ リゾート(KITCHU RESORT)を出て、飛行場にむかいます。
35 帰りはネパールのカトマンズ(KATHMANDU)トリブバン(TRIBHUVAN)空港経由でバンコクに戻りました。
この飛行はヒマラヤを横にして行きますから、素晴らしいものです。
特にエベレストは凄いの一語です。
ブータンから先はあまり関心はなかったのですが、傍で見たいと言う気にさせられました。