11-1 ヴィエンチャン
ヴィエンチャン(Vientiane)は「月の都」の意です。
02 屋台が並ぶタラート・サオ(TALAT SAO)付近です。
04 タラート・サオ市場の隣のバス・ステーションに停車中のパクセ行きのバスです。
05 大統領官邸。
ここから北のアヌサワリー(ANOUSAVARI)を結ぶランシャン通り(LANE XANG Avenue)が
ヴィエンチャンのメインストリートです。
07 ホーパケオ博物館(HO PHA KEO Museum)は王家の菩提寺で、
タイのワットプラケオに相当します。
09 ワット・タート・ルアン(WAT THAT LUANG)はラオス仏教の総本山で、
紙幣のデザインに使われています。
10 ワット・シーサケット博物館(WAT SISAKET Museum)。
13 壊れた仏像が保管されています。ラオスでは壊れても捨てることはありません。
16 黒い仏塔という意味のタート・ダム(That Dam)は市内中心部に忽然とあります。
1
バンコク空港。
バンコクからヴィエンチャンに行く飛行機で、
隣の席などに小学生くらいの女の子を2人連れた夫婦が座りました。
夫人の方が私に日本語で話しかけてきましたので、
話しを聞いてみるといわゆるラオス難民でした。
今は兵庫県で生活していますが、
今回一時帰国できることになり親戚を訪ねるとの事でした。
いろいろ話しをしていく中で私が旅行社から紹介されたホテルは
100$位する高いところですよ、
私たちの知っている所ならシングルで20$位ですと言われ、
ご一緒させて貰いました。
お陰様で外国人料金で高いTAXIに乗らずに済みました。
TAXIの運転手は車内でラオス語ではない言葉を喋っている私達のことについて
夫人に聞いたそうです。
夫人がラオス人と日本人の組み合わせだと説明するととても驚いていると
私にも話しました。
夫人はこうして日本人を同行していることが、
故郷に錦を飾る気分で少し誇らしげでした。
4
宿泊先はヘンボウン通り(HENG BOUN Rd.)のアノウ・ホテル(ANOU HOTEL)。
機中で知り合ったラオス人家族とご一緒したのがこのアノウホテルです。
一家はヴィエンチャンにも知り合いが居り、
そこに泊めて貰うつもりだったのが、
日本の生活に慣れた子供達がクーラーもないラオスの一般の家ではダメで、
仕方無くホテルをとったと夫人がボヤいていました。
一家もアノウホテルのダブルの部屋を35$でとったようです。
その夫婦は夜、私に食事を誘ってくれました。
知り合いのヴィエンチャンの夫婦も一緒でした。
行った所はなんとナイトクラブでした。
席につくとラオスビールの缶が1ダースとつまみがドーンとテーブルに並びました。
これで1500バーツ(5千円以上)だそうです。
さっきホテル代をボヤいていたのに。
親戚の手前見栄を張ったようです。
薄暗い店内の周りには指名待ちのお姉さん方、
そこに私だけなら如何にもでしょうが、
子連れの夫婦とは変な組み合わせです。
夫人のほうが日本語が巧みで、主人は物静かな性格だったので、
ほとんど夫人が喋っていました。
夫婦は日本でそれなりの蓄えもできたので、
それを元手にラオスで何か商売をしたいので、
その相談も兼ねて親戚を尋ねるそうです。
この頃はラオスも海外に脱出したラオス人の資金投下を期待していました。
お会計のときに私は500バーツ出しました。
尚残った缶ビールは全て持ち帰りです。
翌日一家は親戚の居る南の方へタイのトクトクのような小さなタクシーに
一家4人と大量の荷物(親戚に配るお土産でしょう)を積んで出発しました。
まだアジアに慣れていない私はあんなんで行けるのかとちょっとビックリしました。
5
ランシャン通り(LANE XANG Avenue)北のアヌサワリー(ANOUSAVARI)。
17
友好橋(FRIENDSHIP BRIDGE)の対岸はタイのノンカイ(シーチェンマイ)です。
20
ワット・シェンクアン(WAT XIENG KHUAN)は別名ブッダ・パーク。
1958年に造られ、コンクリート製の奇妙な仏像が立ち並んでいます。