ナッ神(Nat God)
ミャンマーの自然神ナッ神の総本山がポパ山である。
ナッ神は精霊信仰の対象で、仏教以前の信仰であり、仏教や、キリスト教との融合が行われている。
ポパ山の御神体はマハーギーリ神で、家を守護するナッ神である。
マハーギーリ神はマハーギーリ・ナッとフナーマード・ナッの兄妹神である。
ナッ神に共通するのは、王への反逆による処刑・変死などの犠牲者と結び付いており、
日本では大国主の命、菅原道具、平将門などのようなものである。
実在の人物がナッ神になったのは中国でもみられ「女馬祖(マソ)」や三国志の英雄達、などである。
ということは、それ以前に、より自然神に近い原始信仰の状態があったはずで、
バリ島や出雲の八百万の神のようなものから変遷したと考えられる。
参考資料の照葉樹林文化第21項精霊信仰
の説明によると、
マノータイの祭りは第一期の特徴を見事に保持しており、場所には拘っていない。
マノータイに降臨する神は、精霊信仰の自然神に近い神で、
日本にも諏訪の御柱があるが、山の神のよりしろに似ると考えられる。
ただ降臨するカミのことをナッ神と呼んでいるが、ナッ神は大きく変貌を遂げており、
当然いわゆるナッ神ではない。
37ミン・ナッ
パガン王国の形成に伴い各地の様々なナッは、37ミン(君主の意)・ナッとしてまとめあげられていった。
1 ダヂャー・ナッ
2 マハーギーリ・ナッ
3 フナーマード・ナッ
4 シュエナベー・ナッ
5 トゥンパンフラ・ナッ
6 タウングーシンミンガウン・ナッ
7 ミンタヤー・ナッ
8 タンドーガン・ナッ
9 シュエノーヤター・ナッ
10 アウンソワマ・ナッ
11 ンガーズィーシン・ナッ
12 アウンビンレースィンビューシン・ナッ
13 タウンマヂーシンニョー・ナッ
14 ミヤウッミンシンビュー・ナッ
15 シンドー・ナッ
16 ニャウンヂンオー・ナッ
17 ダビンシュエディ・ナッ
18 ミンイエーアウンティン・ナッ
19 シュエスイッビン・ナッ
20 メードーシュエザガー・ナッ
21 マウンポードゥー・ナッ
22 ユンバイン・ナッ
23 マウンミンビュー・ナッ
24 マンタレボードー・ナッ
25 シュエビィンナウンドー・ナッ
26 シュエビンニードー・ナッ
27 ミンダーマウンシン・ナッ
28 パイェインマシンミンガウン・ナッ
29 ティービューザウンメードー・ナッ
30 ティービューザウン・ナッ
31 ミンスィードゥー・ナッ
32 ミンチョースワ・ナッ
33 ミヤウッペッシンマ・ナッ
34 アナウッミバヤー・ナッ
35 シンゴン・ナッ
36 シンクワ・ナッ
37 シンフネェミ・ナッ
このうち私が聞いたことがあるのは、パガン東南のポパ山の、
2 マハーギーリ・ナッ
3 フナーマード・ナッ
の兄妹神で、次のような伝説です。
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上ビルマのダガウン王国に力の強い鍛冶屋マウン・ティンデーがいた。
その息子は大食漢で、さらに力が強かった。
王は恐れて彼を捕らえようとする。
しかし、それに気付いた彼は深い森へ逃げた。
王は、彼に美しい妹がいることを知り、王妃にとりたて、偽って兄を呼び寄せた。
ついに彼は捕らえられ、ザガー樹(和名・キンコウボク、モクレン科)に縛りつけられ、
火で焼き殺された。
苦しみ身悶えする兄を見た妹の王妃も炎に身を投じる。
(後略)
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「知っておきたい東南アジアI」歴史教育者協議会/青木書店1994年(67ページ)
「ミャンマー」フジタ・ヴァンテ、奥平龍二/東京美術1997年(125ページ)
鍛冶屋はその仕事柄片目など不具の者が多く、重要な仕事であるが放浪の民であるため
異形の来訪神につながる
精霊信仰と一神教
何故カチンの人々にキリスト教が広まったのか?
私は寡聞にしてキリスト教はわからないが、
知る範囲でも原始キリスト教、ローマンカソリック、プロテスタント、メソジスト、
バプティスト、アメリカ・アーミッシュなどがある。
キリスト教の言葉に「神と子と精霊の御名において」というのがあるが、
この精霊というのはピーのようなものなのだろうか、
そしてだからカチンの人々にキリスト教を受け入れる下地があったのだろうか。
これは私の無知から来る誤解で、キリスト教のは『精霊』ではなく『聖霊』でした。
以下の文も再考の要があります。
キリスト教が広まったのは、熱心な宣教師の働きと、それに感動した人々がそうさせたのかもしれない。
しかし、それはあくまで個のレベルの話で、集団の話ではない。
集団がそうなるためには集団としての理由がなければならない。
そしてその理由には外圧的なものと、内在的なものがあるはずである。
例え抑圧のために信仰に走ったとしても、すでに信仰を持っている(精霊信仰)人々が、
また、他にもあるのに(仏教には接しているはず)、何故バブティスト派の宣教を受け入れたのか。
そこには彼ら自身に受け入れる下地があったからだと考えられる。
と同時にキリスト教の側にも受け入れられる要素があるからではないかと思われる。
例えば、
アメリカ・アーミッシュの本
にある人々の生活は、まるで山岳小数民族のようであるが、
単純に両者の生活が外形的に似ているからというだけでは共通しているとは言えない。
両者に内面的なあるいは信仰上の共通項があって、初めて言えるわけである。
私にはそのつながりは精霊信仰ではないかという思いが強い。
精霊信仰と似たような話に、アイヌのコロボックルが森の妖精であるし、
作家C.W.ニコルがケルト人で、彼らはドイツの方からイギリスにやって来た森の民で、
妖精伝説を持っているという話をTVで見たように思うし、アメリカ・アーミッシュも出身はドイツの方だし、
など確かでない話ばかりだが、何かつながりがあると思われる。
そうなるとカチンの人々とバブティストのつながりも見えてくる。
その後わかったいくつかのこと
ケルトは紀元前3千年から2千年頃、古代ヨーロッパ中西部に居住し、農耕牧畜に従事していた。 輪廻的な祖先・英雄崇拝のドルイド教を持ち、ケルト語を使用していた。 アイヌ、アボリジニー、アメリカ・インディアン、シベリアの狩猟採集民族と似る。
中沢新一の話より
織田信長が一向宗門徒と戦った時、日本人の6、7割が一向宗門徒とクリスチャンだったという説がある。
一向宗とキリスト教は一神教で、同じようでも多数の神々の中の一つの神を最高とするのは単一神教。
一向宗は日本では珍しくたくさんの神仏がいる中で阿弥陀如来一仏を拝めという。
そうして多神教の中から自然な形で一神教に成長してくるような特徴を持つ。
あの当時は朝廷の権威も、将軍の権威もなくなった時代が長く続き、
日本人の権威の構造の解体が起こり、その中で日本人の権威の観念と宗教的な一神教の観念が結び合っていったと推測される。
キリスト教と浄土真宗の中にはアニミズム的で多神教的な土台から自然に一神教のほうへと成長していく流れがあるのではないか。
人類学にしろ宗教学にしろ人間はもともとアニミズムや多神教で、それが一神教に進化していくという考えが支配的だが、
20世紀初頭のドイツの民族・宗教学者W・シュミットが「神という理念の起源」で「原始一神説」を唱えている。
これはアフリカのピグミー、アイヌ、アボリジニなど牧畜民の信仰形態を調べることにより、
人類の宗教の原始形態は一神教で、多神教はそれが退化したものだとした。
この考えはアメリカ・インディアンやオーストラリア原住民の研究家に多くみられ、その報告によると、
水辺には水の神、山には山の神と、日本の八百万の神と同じで多神教である。
しかしそこにもう一つ、グレイト・スピリットという存在が必ず考えられていた。
諸霊の根源にあるグレイト・スピリットで、諸神の上に立つグレイト・スピリットではなく、
あまねく諸神に内在し、それらを超越しているグレイト・スピリットで、
こういうグレイト・スピリットが諸神の存在そのものを成り立たせているという考えである。
アイヌにはパセ・カムイという天上から民族を見守るために降りてきた大切な神がおり、
火の神、水の神、熊の神などはこのパセ・カムイと考えられている。