9-2 中部ヴェトナム
ヴェトナム中部には古都フエ(Hue)、かっての南北ヴェトナムの軍事境界線(北緯17度線)、 米軍基地ダナン(Danang)、チャンパの遺跡、日本人町のホイアン(Hoi An)と見所が多い。
1 タンソンニェット空港の国内線乗り場。丁度通りかかったヴェトナムエア乗務員のアオザイ姿。
8 ダナン空港。
12 チャンパ遺跡の中心地、ミーソン(Myson)は遠く、山の中で、車では行けないということなので、郊外のチェンダン(Chien Dang)の遺跡を訪ねる。
22 日本町のあったホイアンの市場(Cho Hoi An)。
この辺りにはツーラン、フェフォと2つの日本町があった。
ツーランは現ダナン(チャム語で、ダ=水または川、ナン=大きい、で大きい川の意)
フェフォは中国名会安(ホイアン)、1719年明王(元(こざとへん)福調)が行幸し、「来遠橋」という名の額を贈る。
25 屋根付きの橋、来遠橋は別名「日本橋」。
去年(2000年)夏にタイの帰りの飛行機から、
このあたりの写真が撮れたが、
トゥボン川の三角州に位置し、貿易港としては格好の位置であることがよくわかる。
29 訪ねた日本家屋の店で、日本のTVクルーが来たと言っていたが、その後日本でその番組を見ることができた。
中京テレビ開局25周年記念「日本町は生きていた」でホイアン(旧交足止)の町を色々紹介していた。
その中でカウラウ(Cau lau)という米線にニョクマムのたれをつけたうどんが、
伊勢うどんといううどんに生醤油をかけたものをルーツとするのではないかという話があった。
角屋七郎兵衛という人物が故郷にあてた手紙の中に、
醤油、鰹節、いりこだし、など伊勢うどんの調味料を送るように書いた箇所があるということだった。
この人物は日本町のリーダー的存在で、ホイアンに松本寺を建てたりしている。
その寺が従来日本町があったとされる場所より西側にあったことから、
その辺りを発掘調査している様子も紹介されていた。
31 ダナンのハン川沿いのバクダン通り(Bach dang)にあるハン市場の朝市を見に行く。
41 ダナンからハイヴァン峠(Deo Hai Van、ハイ=海、ヴァン=雲)を越えて古都フエに向かう。
44 峠を越えるとランコー(Lang Co)の綺麗な入り江が見えてくる。
47 ランコー。上のパノラマと同じ所で普通サイズで撮ったもの。
51 古都フエのフォン川(香江)の静かな流れ。
フォン川に架かる橋は2本で、東にチャンティエン橋(工事中)、西のフースアン橋(写真では奥)は王宮に至る。
57 フォン川、東のチャンティエン橋は中央部が工事中で使えない。
65 フエ名物ナムロック(Nam Loc)。固めに溶いた米の粉の中に、味付けしたエビとブタ肉を入れ、
バナナの葉で包み、香草を入れ、透明になるまで大鍋で蒸す。ヌックマムのタレをつけて食べる。
77 グエン朝の王都、フエ(Hue)の王宮(Dainoi)門
82 翌朝フースアン橋をシクロで渡り、フエ博物館に行く。シクロは前が空いているから写真を撮るには便利。
103 ダナン(Danang)のチャム彫刻博物館(Bao Tang Dieuk Hac Cham)
107 展示物はヒンズーの神々の像が並ぶ。