第4章 縄紋時代
 第2節 旧石器時代前期(250万年前〜3万年前)

上高森遺跡(高森のすぐ近く)60万年前1993年

宮城高森遺跡50万年前1988年
 緻密で硬質な玉髄と碧玉の石材
 小型両面加工石器、ナイフ状石器、スクレイパー
 石錐、ノッチ、箆状石器、石斧、ピック
 基部加工石器、二次加工剥片、剥片、石核

馬場壇A遺跡(宮城) 20万年前
中峯C遺跡(宮城) 30数万年前 1983年
座散乱木(ざざらぎ)遺跡(宮城)3万3千〜4万3千年前(石器が出土した火山灰を熱ルミネッセンス法)1980年

2003年5月25日の新聞報道では、 例の旧石器発掘捏造問題について、日本考古学協会が結論を出し、 藤村の関わった発掘は完全否定されました。 北京原人に並ぶ約70万年前まで遡るとされた日本の旧石器の起源は7〜5万年前に逆戻りしました。 周知のように考古学は大学の文学部考古学科です。 明治以降石器や土器の形態の違いの変化を元に時代の違いを考え、 出土した地層から年代を決めて、それらを順次積み重ねてきました。 それはそれで地道な研究なのですが、派閥に固執して抵抗勢力になってしまいました。
藤村の石器発見当時も、竹岡俊樹というフランスで石器の研究をした人が、 こんなふうに突然飛び抜けて早い時期のものが出るのは不思議だ、 もっと科学的に石器そのものの年代を確定する手法を確立すべきだ、 というようなことを書いていましたが、日本にも旧石器があったという熱気でかき消されてしまいました。 今回も考古学会では7万年前以前の石器を持たないのですから、 そこが最初になってしまうわけですが、 炉跡の熱残留磁気測定など他の科学的年代測定ではもっと古い年代が出ているのですから、 7万年ではないのですが、自分とこの歴史しか認めないからそうなってしまうのです。
竹岡俊樹に関しては旧石器捏造の記事をスクープした 毎日新聞のサイトに載っています。


3万年をややさかのぼった頃でデネカンプ亜間氷期に対応か?
3万年は14Cの信頼限界

チャ-ト製のチョッパ-又はチョッピングツ-ルと呼ばれる礫核石器など
まだ地方色はない

チャ-ト(chert)は珪質生物(カイメン、ケイソウ、ホウサンチュウ)の遺骸を成分とする石英質の堆積岩で、 きめ細かく極めて堅い。色は褐色又は薄黒い。

岩手県花泉遺跡35,000年前、野尻湖遺跡