第4章 縄紋時代
 第5節 縄紋早期(10000年前〜6000年前)

後氷期、気候温暖化、縄紋海進
日本列島の分離
人口65万人(少なく見積もっても30万人)

中期の多いときで30万人近く
少ないとき10万人を割る
平均寿命は20歳だがこれは乳幼児の死亡率が高かったためで
15歳まで育った場合は男31.1歳、女31.6歳
中期を26万人とする説でその内訳は東日本25万人
西日本1万人、寒冷化の晩期では7万5千人
人口密度については「日本文化の基層を探る」p213

東       西
沈線文土器   押型文土器
針広混合林   落葉広葉樹林

早期             早期
細石器・有方尖頭器の使用   福井(長崎)10750±600
細線隆起文土器の出現     上黒岩(愛媛)10215±600
爪形文押圧縄紋手法の登場   夏島(神奈川)7290±500
撚糸文尖底土器の登場     黄島(岡山)6443±350
竪穴住居の使用        小瀬ケ沢(新潟)
押型文土器の盛行       花輪台(茨城)
土偶の出現          芽山(神奈川)
平底土器の出現
骨角器・弓矢による狩猟・漁労が本格化する

漁労の本格化
遺跡分布の中心地は東日本の太平洋岸にあり、貝塚の分布中心地と重なる。
縄紋文化は海洋的性格が強い。
海岸部に遺跡が多いのは照葉樹林の陰鬱な森を避けて海に生活の基盤を求めた証ではないか。

鹿児島上野原遺跡9500年前
ワジャク人
港川人
鬼界カルデラ

9500年前南に桜島(当時は島)北に霧島連山を望むシラス台地(標高250m)
上野原(鹿児島県国分市)
1996年発掘調査
木の弾力を利用したドーム式住居
屋根は茅葺き
住居の周りに石蒸し焼きのための集石炉(調理場)
底が平らで、口の四隅が尖った角筒型の土器
ハイガイやアカガイの縁を押し付けて作った
ギザギザの波打ったような紋様
貝紋土器
3000年以上九州南部に暮らす
シイやトチの実を土器で煮る(円筒丸底の鉢)だけでなく
砕いて粉にし(石皿と磨り石)クッキーにしていた
肉や魚を葉で包み石蒸し焼き
大小二つの穴をトンネルで繋げた連結土坑で
薫製などを作る

6300年前鬼界カルデラの大爆発
九州最南端から約40km
薩摩硫黄島と竹島の中間付近で海底火山の噴火
噴火は3度
最初は軽石を多く含んだ勢いのある噴火
キノコ状の噴煙が上空3万mまで上がり
軽石や火山灰が西北西の風に運ばれ
大隈半島や薩摩半島に降り積もった
2度目は局地的な小規模
3度目は大規模な噴火
マグマが一気に空高く吹き上がり
それが崩れ落ち火砕流を発生
九州南部を襲う
生き延びた人々が本州に伝える
丸ノミ形石斧の系統を引く磨製石斧
高知県、和歌山県、伊豆八丈島で多数発見