第4章 縄紋時代
 第9節 縄紋晩期(3000年前〜2400年前)

稲作文化の伝来、気候冷涼化画期(3)
急速に下降
サントリーニ火山の大爆発

縄紋滅びる
 結核菌
 インカはスペイン人のインフルエンザ、天然痘にやられた
 北海道に続縄紋文化
続縄紋文化
 本州では弥生文化の頃、北海道・北方四島で縄紋の色彩の強い文化が興った。
 本州で滅んだ縄紋文化が北海道に移ったと考えられる。
 その後
 北海道では擦文文化7〜8世紀
  鉄器
  狩猟と漁労
  雑穀栽培
  アイヌ民族の祖先
 北方四島ではオホーツク文化
  8〜9世紀にサハリン、北海道オホーツク海沿岸、千島諸島の環オホーツク流氷文化
  クジラ、オットセイなどの海獣を捕り、ブタやイヌを飼育して食用にする。
     考古学の散歩道p175

4種の文化圏(ヌサマイ式、亀ケ岡式、安行[3]式、黒土b[2]式)

東 西
亀ケ岡式 突帯文式(黒土b[2]式)
(関東では安行[3]式)
突帯文土器
土器の口縁部や胴部に刻み目のついた粘土帯をめぐらせた
あまり文様のない縄紋土器

日本列島へはイネだけが伝播して家畜は伝播しなかった
中国北部 ヒエ、キビ、アワ、ブタ、ヒツジ
中国南部 イネ、ブタ、スイギュウ
朝鮮 キビ、アワ、ヒツジ、スイギュウ
弓や石鏃が多数出土シカ、イノシシの狩猟
大量のタコ壷の発見
植物食と多量の塩分

日本の農業は食べるためやミルク用の家畜を持っていなかった
食用家畜
中国北部アワ、キビと
南部イネと
ブタ、イヌは北と南共通
北ニワトリ
ニワトリは東南アジアの野鶏を家禽化だから
南でも古くから飼った
日本弥生時代にもブタ
弥生時代ニワトリ食べていない野鳥を食べていた

自然堤防を構成する砂・シルトの堆積
2630±65、2710±80
この地層の堆積は洪水によって極めて短期間に生じた

晩期 晩期
やや冷涼0℃〜-1℃ 八幡崎2900±140
低地に進出する 真福寺(埼玉)
亀ケ岡式土器が東日本に流布する 亀ケ岡(青森)籃胎漆器
サケマス河川漁 是川(青森)
漆器の製作が行われる 大石(大分)農具石器
馬鞍型石臼・石包丁の登場 同時代に朝鮮で炭化したヒエ
3000年前凸(突)帯文土器が 伊川津(愛知)
西日本に流布する縄紋水田 山ノ寺(長崎)・橿原(奈良)
北九州で陸稲栽培の痕跡? 西志賀(愛知)2590±150
炭化したサチバ夜臼式土器 原山(長崎)
支石墓が登場する