第3章 民族と歴史
雲南博物館の資料では○をつけた25民族
| シナ・チベット語系 | |
| チベット・ビルマ語族 | |
| 1イ族 | ○ |
| 2ペー族 | ○ |
| 3ナシ族 | ○ |
| 4リス族 | ○ |
| 5ラフ族 | ○ |
| 6ハニ族 | ○ |
| 7ジノー族 | ○ |
| 8アチャン族 | ○ |
| 9チベット族 | ○ |
| 10プミ族 | ○ |
| 11ジンポー族 | ○ |
| 12ヌー族 | ○ |
| 13トールン族 | ○ |
| チワン・トン語族 | |
| 14タイ族 | ○ |
| 15チワン族 | ○ |
| 16トン族 | |
| 17プイ族 | ○ |
| 18スイ族 | ○ |
| ミャオ・ヤオ語族 | |
| 19ミャオ族 | ○ |
| 20ヤオ族 | ○ |
| 南アジア語系 | |
| モン・クメール語族 | |
| 21ワ族 | ○ |
| 22ドアン族 | ○ |
| 23プーラン族 | ○ |
| 24カム人 | |
| その他 | |
| 満 | ○ |
| 回 | ○ |
| 蒙古 | ○ |
1彝(イ)族
657万2173人(1990年の国家統計より、以下同じ)
約3分の2の405万4177人が雲南省に居住
6つの方言区(東部、東南部、南部、西部、中部、北部)
それぞれ違いはあるが、文法はだいたい同じで、語彙の40%は共通
史記には前漢時代(bc2〜1世紀)「家畜に従って移動して来た」
先祖は中国西北部の
(テイ)・羌(キョウ)族系の牧畜民
先秦時代(2000年ほど前)から南に移動
支系が多く100以上ある
ハニ族、ナシ族、リス族、ヌー族、トールン族、ジンポー族、ラフ族は
・羌族を起源とする烏蛮の系統から分化
57万4000人
雲南省北西部の怒江勾・族自治州
ヒツジやヤクの飼育とトウモロコシ、キビ、カボチャの栽培
黄色いマツ材の丸太小屋で屋根はマツの板
5
(拉ラフ)族
41万人
雲南省西南端の瀾滄拉e族早|自治県、孟連早|拉e族早|自治県
6哈尼(ハニ)族(ビルマではアカ)写真
中国125万4000人
ミャンマー18万人
タイ4万人
ラオス3万人
ベトナム1万人
雲南省紅河哈尼族彝族自治州
西双版納早|自治州江城哈尼族彝族自治県では豪尼(ホニ)
同自治州のモン海県の山地では窩尼(ウォニ)または愛尼(アニ)
プアル茶の生産者
7基諾(ジノー)族
1万8000人
西双版納早|自治州景洪県
早|の王がチーヌオ族の美女と結婚
8阿昌(アチャン)族
ロg早|景早|自治州に散在
9蔵(チベット)族
10普米(プミ)族
麗江納西族自治県、寧浪彝族自治県、永勝県、蘭坪県などの山岳地帯
山地でハダカオオムギ、ソバ、トウモロコシなどをつくる農業を営む
多神教を信じる
甘粛、青海地方に住んでいた羌族が南下して雲南に住みついたもの
11景
(ジンポー)族(ビルマではカチン族)
祖先は西北高原の・羌族
5つの支系があり自称は「ジンポー」「ゼェワー」「レチー」「ランウオ」「ポッラ」
最も多いのが「ゼェワー」
ルーシー県西山区
インジャン県ゼンシー区
ロンチュワン県バンワー区
二番目は「ジンポー」
その他の3支系は少なく混住
瑞麗9万人
景
(ジンポー)族12万人
ビルマではカチン族56万人
婚姻は交差いとこ婚(クロスカズン婚)で、男は母の兄弟の娘と結婚する。
農(旧)歴1月15日に、最も権勢のある、
天上の神霊のひとつである木代(ムーダイ)を祀る目脳縦歌(ムーナオ)が行われる。
会場の中央には目脳柱(マノウタイ)という4本の柱が立てられ、
中央の2本には先端に最初太陽の国で開催され、
その後人類の地に広げられたことを示す太陽図案、
その下に舞形図案、さらにその下に孔雀が舞を先導したという伝説図案が描かれ、
両端の少し低い2本には雌雄祖宗の図案、上の部分に発生の地とされるヒマラヤ山脈の図が描かれる。
柱の両側に2つの高台を組み、その上に登りヒマラヤ山脈を展望するという意味を持ち、
祖先の創業を懐古することを示す。
姐勒金塔は大中小16の塔から成る
ロv(デェアン)族と阿昌(アチャン)族
ロg早|景早|自治州
ビルマ腰巻ロンジー
黄色い粉タナカー
12怒(ヌー)族
怒江上流
13独龍(トールン)族
独龍江付近。独龍江はミャンマーに入ると恩梅開江(MeHka河)となり、ミチナー付近で合流してエーヤワディ河となる。
14
(タイ)族(ビルマではシャン) 別掲
15壮(チワン)族
1548万9000人
広西壮族自治区に9割
雲南省文山壮族苗族自治州
カラムという植物で染めた赤飯
ロンラウというカエデの葉で染めた黒飯
ワンカイという植物の葉で染めた黄飯
「歌山虚」
「百鳥衣」羽衣伝説
16e(トン)族
251万4000人
貴州省、湖南省、広西壮族自治区が接する当たりの山岳地
楼閣つきの橋
マライ・ポリネシア諸語系が海へ追い出されたとき
大陸部へ取り残された人々である可能性がある
4000年前苗族に追われ南下
17布依(プイ)族
貴州省
18水(スイ)族
貴州省
19苗(ミャオ)族
739万8000人
平地や河谷で水稲耕作を営んでいたが漢族やタイ系諸民族に
その現住地をゆずり、西南山地で焼畑耕作を営むようになった
4000年前黄河中流から南下して長江中流へ
20瑶(ヤオ)族
213万4000人
山がちの土地で焼畑農法によって陸稲の餅米を栽培している
山から山を渡り歩いて焼畑耕作をしてきたので
最も南に移動した集団はベトナム、ラオス、タイの山地に住む
ミャオ族、ヤオ族は文献上では歴史が古い
ミャオ族の先祖は秦・漢の時代に湖南省西部に居住
史書に出て来る「五渓蛮」「武陵蛮」「長沙蛮」の
一部であった
後に西南に移動し湖南、貴州、広西、四川などの山地に居住
雲南省には元時代に入ったと言われている
21(ワ)族
雲南省の孟連タイ族ラフ族ワ族自治県、瀾滄ラフ族自治県
滄源ワ族自治県、耿馬タイ族ワ族自治県、西盟ワ族自治県
主食は米でそれに猟で得た肉を添える
彼らの土地は非常に貧しく昔はケシを栽培して現金収入を
得ていた
耿馬タイ族ワ族自治県の説話
早|が先住民であるワ族の王女と結婚して金印を奪う
22ロv(ドアン)族
1万5000人
23布朗(プーラン)族
8万2000人
雲南省西双版納タイ族自治州の景東、
ワ族、ドアン族、プーラン族は考古学的に最も古い民族で
大陸部の先住民とする見方が強い
ワ族は商・周時代の文献に「濮人」と称される
唐時代以降「朴子」「望」の2つの民族に分けられていたが
これがプーラン族(ドアン族も含む)とワ族と思われる
貴州のコーラオ族も同系
24克木(カム)人
その他
25回(ホイ)族
26サニ族(イ族の一支系)
石林付近
27昆(空)格(コンク)族
西双版納付近に800〜900人
正確には苦聰人といい
西双版納タイ族自治州
「基諾」は1979年に公認
その他に「空格」「本」「布下」「砂芒」「阿克」「香堂」「苦聰」
苦聡人 雲南・貴州p38
雲南省金平県に居住
採集を主な生業とし、狩猟と焼畑耕作を補助的に行う
1950年の調査
採集には老若男女誰もが参加し、掘り棒や手刀あるいは素手で
野山薬(じねんじょ)、馬蹄(みずくわい)、筍、芭蕉などを求めて
一年中山の中をさすらう
亜熱帯性の気候のためこれらの採集物は相当に豊富で
集団の食料をそれなりにまかなうことができた
狩猟においては弩を用いてリスや猿を捕らえるがこれは補助的なものである
焼畑耕作ではトウモロコシと陸稲が栽培されたがこれらの産量は三、四ケ月分の
食料にしかならないため残りの八、九ケ月分は採集により賄われた
拉e族との接触が長いせいか言語的にはチベット・ビルマ系であるが
おそらくはラオス北部に居住するピー・トン・ルアン族とともに
モンゴル系の採集狩猟民の残存するわずかな例と考えられる
ピー・トン・ルアン族はバナナの葉で簡単な小屋を作り、短期間に移動して行くため、
その姿を見るのは極めて希で、ただ黄変した葉だけが残されているので。「黄色い葉の精霊」と呼ばれる。
タイのイエローリーフ・ピープルも同様の意味である。
アマゾンのヤノマミ族
日本のマタギ
28蒙古(モンゴル)族
雲南には6200人
全体で341万人
内蒙古自治区に72%