第2章 照葉樹林文化
 第3節 農耕文化

 農耕の開始
1万1千年前地中海東部からイラク北部にかけての山間の谷間(ヨルダン渓谷が有力)で、最初の農具の出現を絶対年代で測定した結果
日本 2400か2500年前
ヨーロッパ 7千年前
中国 8千年前(長江中流域では1万年前を越えた)

  第1項 採集段階
照葉樹林文化の道」より
秋になると真っ赤な花を咲かせている、彼岸花ヒガンバナ(lycoris radiata)は、 曼珠沙華(マンジュシャゲ)ともいい、昔は根(イモ)から澱粉をとり食用に利用されていた。 しかしこの根にはアルカロイドの毒リコリンが細胞液の中に溶けているために、 それを取り除かなければならない。 この毒は水溶性であるので、水で流すことによって取り除くことができる。 野生のイモ類や堅果類にはこうした毒を持つものが多い。 これらは叩き潰し、搗(つき)潰して、大量の水で洗い流すことによって毒(アク)を除いて食用にできる。 これを「水さらしによるアク抜きの技法」、略して「水さらし法」という。
この技法は、ヤマノイモ類(dioscorea spp.)、ワラビ、クズなどのイモにも使われていた。 このほか、トチ(aesculus turbinata)、ホソ、カシ類(quercus spp.)、 クリカシ類(castanopsis spp.)などの堅果類を食用にする際にもみられた。 岩手県早池が峯では、ドングリの粉をクズモチのようにして食す。 又、ワラビ→ワラビモチ、ヒガンバナ→オイモチ、ミャオ族のワラビの利用など、 飢饉の時の救荒食ではなく常食の一部として餅にしたり、カユのようにして食していた。

もうひとつのアク抜きである「加熱処理法」は、そのままの形で煮たり、むし焼きにするなど、 加熱したうえで水にさらして澱粉をとる方法で、伊豆七島の八丈島や御蔵島などで、 シマテンナンショウと呼ばれるマムシグサの球根を食用にするときに古くから用いられていた。 この方法は照葉樹林帯よりもむしろ熱帯森林地帯に広く見られる技法で タロイモの一種のインドクワズイモ(alocasia indica)、 ヤムイモの一種で(dioscorea hispida)、 ヤマノイモの一種でカシュウイモ(dioscorea bulbifera)などが加熱処理法で毒を取っていた。 熱帯森林地帯では水さらし法は少なく、 タシロイモ(tacca spp.)やサゴヤシの樹幹の繊維の間の澱粉を取る際に、 水さらし法がわずかにみられるくらいである。

この二つの方法では、加熱処理法が煮たり蒸したりする容器の大きさに、 処理量が制限されるのに対し、水さらし法の方が叩き潰しては洗い出しと、 順次行うことにより大量処理が容易であることから、より進んだ技法だとみることができる。

テンナンショウ(天南星、マムシグサ、arisaema)は、茎のまだら模様から「まむし」と名付けられ、 雄花は虫を呼び寄せ、いったん入ると戻れないようになっている。 虫が中で動き回る間に花粉をつけ、最後に下の方の孔から出られるようになっている。 しかし雌花にはこの孔がない。テンナンショウ科は蓚酸カルシウムの毒(アク)を持つ。

食物カレンダー
マムシグサ、コンニャク早春
若芽
テンナンショウ春から夏(5,6月)
ニワトコ初夏
ベリー類
ヒガンバナ夏に休眠
ドングリ類
カタクリ秋から冬
貯蔵物