第2章 照葉樹林文化
 第3節 農耕文化
  第6項 焼畑

焼畑農業
 用地の上縁の端あたりにある一番高い木で山の神に祈り、御神酒を根元に注ぐ。 この木の一番高い枝を「せびの枝」といい、山の神のよりしろとされ、この枝は最後まで伐り落とさない。 枝を払い、木を伐り、下草を刈り、伐採した枝や幹を細かく切って、斜面一面に拡げる。 樹木が乾燥すると火入れだが、その前に延焼防止のための幅一間ほどの防火線を上部と両側につくる。 これにより焼畑の火はかなりよくコントロールされ、自由に延焼する野火とは全く異なる。 火入れの準備が整うと、無風の日を選んで火入れが行われる。 斜面の上から下に焼く。 一回目の火入れが終わった後、残り木(ホダギ)をもう一度きれいに焼いておく。
焼畑の利点
1.もっとも簡便な開墾法である
2.灰が作られると有機質が燐酸やカリに変わると共に、焼土効果による即効的な肥料効果がある。  (土壌の温度が上昇するとアンモニア態のチッソやカリの量が2〜2.5倍に増える)
3.雑草が根絶できる
 地表や表土中の雑草の芽や種子を焼く
4.病虫害を防ぐ
 西アフリカではツエツエバエ

第1年目にもっとも多いのはソバ、畝をつくったり、耕したりしない。掘り棒で穴をあけるだけ。
2年目3年目のアワ・ヒエや大豆・小豆の蒔き方も同じ。雑草の繁茂により放棄。土地の養分がなくなるわけではない。

thm_r0206.jpg ブータンの焼畑、標高1865m。ウォンディ・フォドランからトンサへの途中。

thm_97c29r0321.jpg ミャンマーの焼畑。ミチナーの東南、エーヤワディ河対岸のワイモウ・タウンから、 さらに東に進んだ中国国境付近のワーション村。

thm_9771403.jpg ラオスの焼畑。ナムターの北西67km、中国国境まで16kmのムアンシン。中国側の町は盆河(盆の字は下が皿ではなく山)。

23 thm_9630512.jpg 同じくラオス・ルアンプラバンの焼畑。丁度焼畑の時期で、

24 thm_9630515.jpg あちらこちらに焼いた跡があります。


作物の輪作形態による焼畑の四つの類型
 オカボ卓越型
 オカボ=雑穀型
 雑穀栽培型
 オカボ=根栽型

「稲作以前」
日本の焼畑の基幹作物
ソバ、アワ、ヒエ、大豆、小豆
オカボを欠く江南型
日本の焼畑にオカボがほとんど栽培されなかったのは、東南アジアでオカボが焼畑の主作物になる以前に伝来したからと考えられる。

米は穀粒の総称
五穀は二つの説有り
稲、黍(もちきび)、稷(きび)、麦、菽(まめ)
麻、黍、稷、麦、豆

焼畑の収量1反当たり約8斗
焼畑の人口維持力1平方km当たり約6.2家族31人強
採集・狩猟による分を考慮して40人以内
人口が増大した場合
 移動する(ヤオ族、メオ族)
 常畑あるいは水田に移行する
の二つの道のいずれかをたどることになる
本来の焼畑は森林破壊ではない

焼畑→常畑→水田
原初的天水田
 その年の天候(水利)条件により
  水田稲作
  オカボ栽培
  ミレットの畑地栽培
 のいずれかが営まれる未分化のイネ

柳田国男
「むさし」の「さし」をはじめとして東京周辺の「さす」「さし」のつく地名は。かって焼畑の営まれたあとを示す。

中部山岳地帯以北の東北日本
 黒ボク
東海地方以西の西南日本
 黒ボクと丘陵や段丘の赤黄色味の強い土壌
どちらも酸性土壌
 焼畑により木灰で中和

焼畑で2、3年栽培しそれを放棄すると、数年後には叢林に覆われ、さらに数年後には樹林に回復する。 この樹木による休閑は多年生の強い雑草をなくすのに効果的で、 それは強光線を必要とする多年生雑草が樹木の下になり、日陰のために枯死してしまうからである。 この方式が進歩すると、休閑する土地に適当な樹木を植え込んでいくことが見られる。 そのような樹木の代表が東アジアではハンノキ類(alnus spp.)で、 ヒマラヤからビルマの山地ではネパールハンノキ(alnus nepalensis)、 台湾ではタイワンハンノキ(alnus formosana)、日本ではヤマハンノキ(alnus hirsuta)が植栽されることがある。 ハンノキ類は根粒菌により窒素を固定し、移植に適し、成長迅速で、薪用として利用価値が高い。

茶の利用につながる?

「植物からの警告」
普通は体細胞に染色体を二組もつ二倍体であるが、植物では四組や六組もつものが珍しくない。 これらを四倍体、六倍体といい、ひっくるめて「倍数体」という。 倍数体はコルヒチンなどの化学物質で誘導できる。 コルヒチンで誘導した四倍体ともとの二倍体を交雑させると三倍体ができる。 三倍体は生殖細胞をつくるための減数分裂ができないので不稔となる。 不稔となっても有性生殖をおこなわないだけで、植物には有性生殖なしで増殖することは珍しくない。 タケは根茎が伸長して筍をつくり、オランダイチゴでは茎が伸長して匍匐枝となり、その先端に無性芽をつくる。 このほかにむかごをつくるオニユリ、ヤマノイモ、塊茎をつくるジャガイモ、コンニャクなどがあり、 これを「栄養繁殖(ストロン)」という。
二倍体と四倍体の間に交雑がみられ、三倍体の自然雑種がつくられる例は決して珍しいものではない。 多年草である場合には一つ一つの個体は独立につくられたとしても、かなりの個体数が見出されることもある。 さらに三倍体の自然雑種に無性芽などによる栄養繁殖の性質が備わっていれば、 自然雑種起源でありながら個体数が増えていく場合もある。 植物には定期的に減数分裂や受精を省略してしまうものさえつくられている。 この場合減数分裂をしないで生殖細胞をつくるから核相は体細胞と同じである。 2個の生殖細胞の接合があればさらに倍数性の次世代を生じるが、接合しないで次世代を生ずる植物がある。 これを「無融合生殖」という。このような植物では三倍体でも五倍体でも増殖して分布域を拡大していくことができる。 雑種強勢という、より強い性質が導かれていれば、この傾向はさらに強まる。 無融合生殖は、種子植物では秋の七草のフジバカマに近いヒヨドリバナや、タンポポの類にみられるが、シダ植物に顕著である。 日本のシダの十数%が無融合生殖をしている。 ホウビシダは三倍体無融合生殖種で、ナンゴクホウビシダが二倍体有性生殖種、 ホウビシダと同じ種類で中国四川省の峨眉山のものはすべて二倍体有性生殖種である。 またメヤブソテツやオオヒメワラビモドキは日本では三倍体無融合生殖種だけが知られているが、 中国の四川省や雲南省には二倍体有性生殖種がある。 自然林に覆われていた頃にはシダ植物も有性生殖であったものが、人間の森林破壊によって環境条件が大きく変わってしまった。 この変化はあまりに急激であるため、今までと同じように小さな遺伝子突然変異を集団内に徐々に拡大していくような、 ノンビリとした進化では対応できない。 そこで倍数化や交雑という手っ取り早い方法で伐り拓かれた跡の急造の二次林のなかでも暮らせるようにした。 これが中国では二倍体が、伝搬先の日本では三倍体が多い理由と思われる。
粒食と粉食
ヒエメシ
 刈り取ったヒエの穂は拡げてよく乾かす
 脱穀の方法は「臼ガチ」「ヨコズチガチ」
 網目1cmほどの篩で荒いゴミをとる
 「トーシ」にかけて穂がらをとる
 「トウミ」を用いて選別したのがガラビエ
これを俵に入れて貯蔵
湯立て法 湯をわかしてから入れる
 ガラビエを石臼で挽き、篩でふるい、トウミにかけることを繰り返し、細かく挽く
 これをヒキギヌという
 鍋に湯を沸かし煮えたったところに挽きわったヒエの実やヒキギヌを入れる
 その後蒸してメシにする
 出来上がりは灰色の少しべたついたカユ状
アワもほぼ同じやり方
 ヒエよりも白くておいしい

「とおし」米穀の糠などをふるうため網の目を竹または銅線で粗く編んだ大形の篩
「千石とおし」傾斜したとおし
とおし竹かんむりに徒の土でなく止
「唐箕(トウミ)」風力を利用して穀粒と殻籾を吹き分ける農具

コメの調理法
1.コワイイ 甑(こしき)で蒸す 蒸し飯法
2.ヒメイイ いわゆる炊く 炊き干し法
3.カユ 粥作りの方法から発展したものが炊き干し法
湯取り法 雑穀の粒食以来の伝統的方法
 大量の水で煮た後、ねばを含んだ湯を捨て
 残りを鍋でさらに蒸す
 取った湯は乳幼児の離乳食にしたり
 豚の餌の一部にする

gao米へんに羊の下に点4つ
沖縄ちんすこう金楚

 ネバネバ食品への嗜好性の形成<p154>
クズ、マムシグサ、サトイモ、ヤマノイモなどのように砕いて水にさらし、加熱調理してペースト状にすると粘り気が出る食品を、 ハレの日の料理とする慣行が、この嗜好性を生んだのではないか。 あるいは、イモを葉に包んで土中に埋め発酵させることによりイモのアクの蓚酸カルシウムを抜いたときに粘り気が出る、 これを常食としてきたことが理由ではないか。
 禾本科は通常の場合、ウルチ澱粉をもつ種実が多いが、ときどき変異によってモチ澱粉をもつ個体が出てくる。 モチとウルチは遺伝学的には劣勢一遺伝子の違いだけなので、この変異は比較的よく起こる。 問題はその個体をどう処理するかで、つまり保護育成するか捨ててしまうかである。
 一般にウルチ種の方が10%ほど収量が多いから、スティッキーのものへの強い嗜好性がなければ保護育成する事はない。 実際に保護育成したのは照葉樹林文化地帯だけである。

 ウルチ性とモチ性を交雑すると雑種第一代はすべてウルチ性で、第二代では3:1に分離するから、 モチ性は劣勢の変異と考えられる。
 遺伝子記号ではウルチ性はWx(non waxy)またはGl(non glutinous)、 モチ性はwx(waxy)またはgl(glutinous)で表される。 モチ性の英語がwaxyと呼ばれるのは、1908年中国のトウモロコシのサンプルがアメリカに送られ、 その中にモチ性のものが発見されたが、それは種子の表面が、かたい蝋のような外見をしていたので、 「蝋質の内胚乳(waxy endosperm)」と呼ばれたことに由来する。 アミロースを作るWxという遺伝子のどこかが壊れたのがモチ遺伝子wx。 モチ性は自然の状態でも変異を起こし、その変異率は10の-4乗〜10の-6乗で、他の場合と大差ない。 10の-4乗で1万回に1回だから自然界では妥当なところ。

 モチ性をもつものは、イネ、アワ、キビ、ハトムギ、モロコシ、オオムギ、トウモロコシの7種だけで、 ヒエ、シコクビエ、パンコムギ、エンバクなどにはモチ性はない。 モチ性のものの染色体数は二倍体(2x)で、キビだけが例外で四倍体(4x)だが、その理由は今後の課題である。
それに対しモチ性なしのものは六倍体(6x)、シコクビエ(4x)の倍数体でありモチ性の劣勢変異を生じても、 その遺伝子座が乗っている染色体が重複して存在するから、モチ性の形質が表現型として現れるチャンスは極めて低い。

thm_0518ed.jpg ミャンマー・ムセーの夜市で売っていた糯(モチ)性のとうもろこし(Stickey Corn)です。

26 thm_9670319.jpg ラオス・ルアンプラバンで食べた糯性の玉蜀黍(とうもろこし)は紫色です。


アミロース(amylose)
d-グルコースがα-1、4-グルコシド結合で一列に直鎖的に1000個くらい重合している高分子化合物
アミロースには枝分かれがなく、引っかかりがないのであっさりした感じになる。 水溶液はヨウ素ヨウ化カリウム溶液によって鮮やかな青色を示す

アミロペクチン(amylopectin)
多数の短いアミロースの枝がα-1、6-グルコシド結合で
構造式に見るように分枝がある
分岐点間の長さはグルコース基が20〜30個
アミロペクチンは糖が複雑に枝分かれしながらくっついていて、水分を間にはさみ扇状に開く、 これが引っかかりとなって粘りが強い。
ヨウ素反応は赤褐色

ヨウ素液のモチ性反応の発見
1860年 イネ
1885年 中国のキビ
1886年 モロコシ
1909年 中国のトウモロコシ
1921年 イネの花粉
1922年 トウモロコシの花粉
ウルチは15〜35%くらいのアミロースと65〜85%くらいのアミロペクチン。 モチ米はほとんどがアミロペクチンで加熱すると糊化の速度が早く、粘性が強い。 鍋で煮ると鍋底が焦げてしまうため
 粢モチ
  穀粒を粉にして粢(しとぎ)をつくり、それを煮たり蒸したりしてチマキやモチに加工する。
 搗きモチ
  モチ米を甑(こしき)で蒸製して強飯(オコワ)をつくり、それを臼に入れ、杵で搗いてつくる。
などして食す。

貴州ミャオ族 姉妹飯

タイでは粘り気のあるジャポニカ米からインディカ米に変わったのは?
「稲の道」p118
北からタイ族が南下して13世紀にスコータイ王国をつくると、すでにあったクメール人やモン人の進んだ文化と接触し、 優れた潅漑文明が生み出されてくる。そのためジャポニカ米は大河川の氾濫原に適したインディカ米に置き換わっていった。
同様の変化はイラワジ(エーヤワディ)河のデルタにもおこった。

中国語では麺、麪、面は小麦粉のこと
 餅(ピン)は饅頭(マントウ)や餃子など小麦粉製品の総称
 紐状のものは面条
 平たくしたものは面片(皮)
 他の雑穀の粉製品は餌(アル)
 米を使ったものは南方に多く米粉(ミイフェン)、福建語ではビーフン
 雲南省では米線(ミイシェン)、ベトナムではfho(フォー)