第2章 照葉樹林文化
 第3節 農耕文化
  第7項 稲作

盛永俊太郎(九州大学農学部教授)
 ヒマラヤ東端のシッキムとダージリンの付近に古くから在来する品種群と、アジア各地に分布する特徴ある品種群とを交雑した。 アジア各地の品種群とは、日本稲、インディカに属するアウス、アマン、ボロとインドネシアに分布するチェレ、ブルの6品種。
「交雑親和性」
日本稲とインドネシアのチェレを交雑すると、約15%しか次世代の種子が稔らない。すなわち大部分が不稔となる。 これを交雑親和性が低いと言う。ボロとアウスでは90%になり、こちらは交雑親和性が高い。 シッキムとダージリンは日本稲に63%、その他の5種類に対してもほぼ均等の60%の交雑親和性。 このことからヒマラヤ地方(シッキム、ダージリン)をアジア栽培稲の生まれ故郷とした。 栽培稲が低緯度の熱帯ではなく亜熱帯、低湿地ではなく丘陵山岳地帯であるとした。

アウス、アマン、ボロはカルカッタ付近の呼び方
 アウス(aus)
  早生で熱帯ではいつでも播種し収穫できる
  栽培時期の積算温度量に応じて出穂する
  性質(感温性)
 ボロ(boro)
  アウスの中でも冬季に栽培される品種
 アマン(aman)
  インドでの主要品種で4月〜8月までの
  いつ播いても晩秋の11月頃出穂する
  秋になって日照時間が短くなると
  出穂する性質(感光性)
ジャポニカはアウスのグループ
チェレ、ブルはジャワでの大別
 チェレ(tjereh)
  アマンと共通
  芒はなく穂も茎もそんなに長くない比較的新しい
 ブル(bulu)
  ジャポニカに近い
  背が高く穂も葉も長く長い芒のついた大型の籾
 その他にグンディル
  ブルに似ているが芒がほとんどない

アジア原産の栽培稲(oryza sativa オリザ・サチバ) はアウスとアマンの二大群に分けられる
 オカボ(陸稲)、モチ(糯)は両方にあり
 ウキイネはアマンに属す
 野生種(oryza fatua オリザ・ファツア)

オリザ・サチバの品種表

西アフリカニジェール川
オリザ・グラベリマ(oryza glaberrima)

栽培イネの近縁種で野生植物
オリザ・ペレニス(oryza perennis)
浮稲性


柳子明(中国の遺伝学者)
雲貴高原説

T・T・チャン(フィリピンの育種学者)
ヒマラヤ山麓のガンジス川沿岸から上ビルマを通り、北タイとラオスを経て北ベトナム 及び中国南部に至る幅広いベルト地帯説

「稲の道」渡部忠世(放送大学教授)
アッサム・雲南説
稲作は、長い間、熱帯アジアの低湿地(例えばインドや東南アジアの平坦地で池や沼などの周辺)に起源したと考えられていた。 代表な地域としてインド東部のオリッサ州(西ベンガル州の南)のジェイポール、タミール・ナドゥ州の湿地帯、 グジャラート州の湿地帯などである。
日本への渡来は、2300年程前の縄紋文化晩期とも弥生文化前期ともいわれる時代で、 この頃すでに日本を取り囲む周辺の多くの地域は、何百年あるいは数千年近くも前から稲作が行われていた。
 河姆渡遺跡(bc4780年頃)
 羅家角遺跡(bc5190年頃)
 湖南省西北部の彭頭山遺跡(bc7000年頃)
日本はアジアにおける稲作後発国。 従って中国大陸の各地、台湾、東南アジアの大陸部と島嶼部の諸地域などの多くの場所から伝播した可能性がある。

新しい起源説
インディカ稲とジャポニカ稲はそれぞれ別に起源したとする、稲の複数起源説
佐藤洋一郎(国立遺伝学研究所)
Hwc-2hwc-2という二つの遺伝子が、日本の稲のマーカー。 Hwc-2を持つ温帯日本型の稲(従来ジャポニカと呼ばれた)が約93%で長江下流域から朝鮮半島南部に分布。 hwc-2を持つ熱帯日本型の稲(従来ジャバニカと呼ばれた)が約7%で熱帯島嶼に分布。 日本稲の出身地は長江下流域。

インディカとジャポニカ <しにか佐藤洋一郎>
葉緑体のDNAで区別できる。葉緑体などの細胞質にある遺伝子は母からしか伝わらない。 栽培種に固有の品種群ではなく生物学的な分類単位。

8つの分類上の特徴
インディカ(1点)
ジャポニカ(0点)
1.
フェノール反応
プラス
マイナス
2.
ふ毛の長さ
長く
3.
塩素酸カリ抵抗性
4.
葉緑体DNAの欠失
あり
なし
5.
カタラーゼ1アイソザイム遺伝子
6.
パーオキシターゼ2アイソザイム遺伝子
1か0
7.
酸性フォスファターゼ1アイソザイム遺伝子
8.
乾燥に対する抵抗性
合計8点に近いものインディカ、0点に近いものジャポニカ、4、5点をとる品種は少ない


7000〜8000年前長江中・下流域で、ジャポニカ型の野生稲から栽培品種が分化、 種子生産力が比較的高く、脱粒性のない個体を選抜。 やがて休眠性の喪失や開花日が揃うことなど変化していった。
インディカ
ジャポニカよりやや遅れて熱帯のどこかでおこったらしいが、まだ特定できない。 ジャポニカが変異した可能性もある。
縄文時代晩期(2700年前)、九州北部に渡来
温帯ジャポニカ(穂数型)

4500年前岡山姫笹原遺跡で栽培稲
縄文中期〜晩期西日本を中心に十数カ所

熱帯ジャポニカ(穂重型)ブル系稲ジャバニカ
台湾山地からインドネシアにかけての島々
アジア大陸内部の陸稲栽培の品種
焼畑栽培とセットで「海上の道」から
西日本の照葉樹林帯の陸稲

稲の毛
籾の先端に1本だけ生えるとげのようなものが芒(のげ・ボウ)
全面に生えている細かい毛が「ふ毛」
成分はケイ酸で中がからっぽの筒状
ガラスだから稲刈りのときなどかゆくなる
フィリピンや大陸の陸稲地帯のグラボラスという品種は葉や籾の表面にふ毛がない

赤米
 玄米の種皮の部分にカロチンのなかまのカテキンという色素を持つ品種で籾や中身は赤くない。 水に溶けるので水に浸すと赤く染まる。これが赤飯の起源。
アントシアンという色素があると紫米
メラニン色素では黒米になる

C4型植物とC3型植物
 
C4型
C3型
維管束鞘細胞
葉緑体多い
葉緑体なし
再固定・還元
 
カルビン回路
 
炭水化物に還元
 
葉肉細胞
放射状
平行
クランツ構造
 
CO2の固定
CO2の固定・還元
C4回路
 
CO2→C4型有機酸
 
 
イネ科  全体の70%
トウモロコシ、サトウキビ、モロコシ、キビ、アワ
次にアカザ科
トウダイグサ科
ヒエ科
キク科
カヤツリグサ科
イネ
ムギ類
C4型では光合成が分担して行われ、効率が高い。また光呼吸がないため30〜50%の損失がない。
しかし人類は効率の悪いイネ・ムギ類を選んだ。


稲作文化の特色
 一般に言われている、水−灌漑−共同組織−共同労働−共同体−国家形成という論理は、稲作に固有のものではなく、 古典的な水利社会の論理で、ペルーのアンデス山麓、チグリスユーフラテスの流域、黄河流域などの灌漑水利の卓越している場所に共通している。
では稲作社会の固有の論理とはなにか?
それは物質面よりも精神面に多く見られる
 物質面では
  農耕技術の基礎的なもの
  鍬、箕、篩、杵と臼、高床穀倉、ニワトリ、ブタ
  生活技術の基本的なもの
  酒、キンマ、木綿、竹籠、土器、製鉄技術、刀剣・盾
 は焼畑段階から継続したものであり、
新しく稲作文化で起こったものは
高級な技術や上層文化にかかわるもの

キンマ(蒟醤)
 タイのチェンマイ地方、ラオス、ビルマ
中国に伝わって填漆(てんしつ)
竹を編んで作った藍(竹かんむり)胎漆器
コショウ科の常緑籐本(とうほん)
葉身の中央に水で練った石灰を塗り
ビンロウジ(檳榔樹)の未熟な種子の小片を置き包む
1974年ラオス・バン・ホエドク村カー族の例

紀元前数千年の古い時代に、三つの大きな農耕センター
黄土地帯農耕センター 雑穀の集約的灌漑農耕
ユーラシア雑穀センター アワ・キビなどの起源地
照葉樹林文化センター 稲作の起源地
(1)稲作の東方への伝播経路
説明
(2)アワ・キビなどの南回りの伝播経路
(3)北回りの伝播経路W型オオムギ、洋種系カブ、ゴボウ
中国東北部や沿海州で紀元前千年頃までにナラ林文化が展開
(4)タロイモ・ヤムイモとアワを主作物とする根栽・雑穀型の焼畑と漁労に
依存する文化が古い時代に北上
その後ジャバニカ型稲(熱帯日本型稲)

bc1000ナラ林文化の伝来ルート
(1)アムール川下流域・沿海州→サハリン→北海道
(2)朝鮮半島経由
(3)日本海横断
渤海使の渡来コース
朝鮮半島東岸を南下し対馬海流に影響され
越(こし)の国など北陸から出羽の沿岸に漂着

bc300以前の稲作の伝来ルート
(1)朝鮮半島南部を経由して北部九州へ
大陸系磨製石器群、青銅器類
(2)長江下流域から直接北部九州へ
高床穀倉、鵜飼、馴鮓
(3)江南(華南)から南島(琉球列島・薩摩諸島)を経て南九州へ
アワ、ニ倍体のサトイモやヤマノイモ
ブル系(ジャバニカ型)の稲