第5章 資料
 第3節 人類の進化
  第4項 サルからヒトへの道

白亜紀(1億4千万〜6400万年前)
食虫類(モグラ、ヒミズなどでアリ、ミミズを食べる)から進化

第三紀(7500万年前)ツパイ(俗名キネズミ)分かれる
7000万年前有袋類から霊長類進化
6500万年前プルラトリウス
霊長類から原猿進化。新世界ザル、旧世界ザル、ヒト上科。

2000万年前いろいろな類人猿
1800万年前プロコンスル樹上を4本足で歩く
1500〜1000万年前ケニアピテクス、ラマピテクス
ケニアピテクスは南米のクモザルのように4本の足でゆっくりと樹上を動き回り固い豆や、木の実を食べる(1997.5.30朝日新聞)

950万年前の類人猿サンブルホミノイド、ケニアのサンブルで発見
1982年石田英実(京都大学教授)
サンブルピテクス・キプタラミと命名される
サンブルピテクス属が新設される

 その後、空白の500万年間で人類化石も類人猿の化石も出ない、ミッシングリンク(失われた鎖の環)。
大きな気候変動か?
進化には停滞期があり、この時期はそれにあたるという説もある。「断続平衡説」
 分子進化説では600〜500万年前にヒトの出現
コレージュ・ド・フランスのイブ・コッパン教授の説「イーストサイド物語」
500万年前大地溝帯の活動により西側は熱帯雨林、東の地溝帯に沿ってのサバンナで森林生活から離れ、チンパンジーから分化した。
古土壌のCの安定同位体組成

安定同位体の比率に違い

草原と森林の光合成の仕組みの違い

森林から草原へ劇的な遷移
東アフリカのアンテロープ(玲羊類)の変化からもわかる

440万年前一番古い人類化石
エチオピアのアワッシュ地方アラミスで発見されたラミダス猿人
1992年12月米カリフォルニア大学バークリー校ティム・ホワイト教授のチームの一員 諏訪元(東京大学助教授)が400〜500万年前の地層がむき出しになった場所で 上あごの第3大臼歯を見つける。
1994年9月ネイチャー誌にアウストラロピテクス・ラミダスとして発表
その後1995年5月に学名が変更されアルディピテクス・ラミダスとなる。
アルディピテクス属が新設される。

つまり化石で哺乳類から人類へと辿っていくと類人猿のサンブルホミノイドで行き止まり、
逆に現生の類人猿から遡っていくと猿人のアルディピテクス・ラミダスまでしか遡れないことになる。

2001年10月現在の状況

2000年12月4日仏国立自然史博物館のブリジット・セヌ博士、コレージュ・ド・フランスのマーチン・ピクフォード博士らを 中心にケニア地域博物館のグループが、ケニアのツゲンヒルで発見した約600万年前の猿人化石ミレニアム・アンセスター(先祖)に、 オロリン・ツゲネンシスの学名が与えられた。 属名のオロリンはケニアの現地語で「最初の人」の意、種名のツゲネンシスは発見地に因む。 チンパンジーとの分岐は従来より溯る可能性がでてきた。 (2001.4.25朝日新聞)

澤田順弘(島根大学教授)たちが今年、地磁気や放射性元素から岩石の年代を測定したところ、 570〜600万年前と当初の発表に近い結果が得られた。
2001年7月米カリフォルニア大学バークリー校大学院生ヨハネス・ハイレセラシエが、 520〜580万年前の化石を発見し、ラミダス猿人の亜種カダバとされる。 (2001.10.19朝日新聞)


人類の祖先 2001.3.22朝日新聞
ケニアントロプス・プラティオプス
 人類の祖先といえばアウストラロピテクスとでてくるが、今回このアウストラ ロピテクスと同時期にまったく違う身体的特徴を持った猿人がケニアに存在した ことが判明した。今から350〜300年前というから、とてつもなく古い話であるが、 今回のこの猿人は「ケニアントロプス・プラティオプス」と名づけられたが、こ れは「平らな顔をしたケニアの人間」という意味である。ご存じアウストラロピ テクスは口の部分が少しとがっているが、それがないのだそうだ。また、ややこ しい名前を一つ覚えなければならなくなった。


朝日新聞 2001年4月25日夕刊 科学欄
600万年前の猿人「オロリン」
現代人の直系祖先か

昨年12月に「ミレニアム・アンセスター(先祖)」と発表された約600万年前の 猿人化石に「オロリン・ツゲネンシス」の学名が与えられた。研究グループは「 現代人の直系」とし、チンパンジーとの共通祖先から人類が分かれた年代を、従 来説よりさかのぼって900万〜700万年前とした。人類の進化シナリオをめぐる議 論が活発になりそうだ。(米山 正寛)

(以下本文)
 属名のオロリンはケニアの現地語で「最初の人」、種名のツゲネンシスは発見 地にちなむ。名づけたのは仏国立自然史博物館のブリジツト・セヌ博士、コレー ジユ・ド・フランスのマーチン・ピクフォード博士らだ。
 確認された化石は、大たい骨や上腕骨、歯など昨秋に見つかった11点に、74年 発見の奥歯1点を加えた12点。セヌ博士らは、人類進化の指標に頭骨より骨格を 重視する立場をとる。
 フランスの学術誌に掲載された論文によると、大たい骨などは2足歩行に適し た形で、2足歩行の形跡として最古とされてきたラミダス猿人(アルデイピテク ス・ラミダス)より200万年近く早い。奥歯が小さく表面のエナメル質が厚い特 徴などは、人類の祖先として矛盾がないという。
 両博士らは、この猿人がプレアントロプス属(アウストラロピテクス属とされ ていた猿人のごく一部)を経て、私たち現代人(ホモ・サピエンス)を含むホモ 属に至った直系祖先だとした。

 この結果、人類と類人猿との分岐は、人類やチンパンジーなどの共通祖先とし て最も新しい化石である約950万年前のサンプルピテクス属とこの猿人の間、す なわち900万〜700万年前だという。
 また、従来アウストラロピテクス属とされていたグループは、この猿人が現れ る前に分かれた人類の傍流とし、アルデイピテクス属はチンパンジーの祖先とみ なした。
 これまでの代表的なシナリオでは、アルデイピテクス属を人類の祖先と位置付 け、DNAの研究も踏まえて人類の分岐を600万〜500万年前ごろとしていた。約400 万年前に現れたアウストラロピテクス属が、きゃしゃなグループとがっしりした グループに分かれ、前者からホモ属が生まれたとする。
 サンプルピテクス属の発見者でもある石田英実・京都大学教授は「新しい系統 図はあくまで議論のたたき台。900万〜500万年前の化石がもっと見つからないと、 はっきりしたことはいえない」と話す。
 一方、ケニア国立博物館のミープ・リーキー博士たちは3月、約350万年前の猿 人化石「ケニアントロプス・プラティオプス」を発表。これからホモ属が進化し た可能性を指摘した。が、オロリン属とケニアントロプス属の関係は、まだ十分 に検討されてはいない。
 ラミダス猿人の発見者のひとり、諏訪元・東京大学助教授は「現時点では、オ ロリンが人類分岐の前後どちらにいても矛盾はない。ケニアントロプスも含め、 これらの化石の解釈が落ち著くにはまだ時間がかかるだろう」と考えている。


(2001-03-21)
本日(22日)発行の(英国の)科学誌ネイチャーに載った論文の中で、ケニア北 西部のトゥルカナ湖近くで発見された320万〜350万年前のものと見られるヒト科 の新種の化石を、リーキー博士はケニアントロプス・プラティオプス [Kenyanthropus platyops](平たい顔をしたケニアの人)と名付けた。

「ケニアントロプスによって相当程度明らかになるのは、少なくとも二本の(進 化の)道筋が既に350万年前に存在したということです。」とナイロビにあるケ ニア国立博物館によって発表された声明の中でリーキー博士は述べた。彼女はそ の主任古生物研究員である。

(New Find Challenges 'Lucy' as Mankind's Oldest Ancestor By JOHN NOBLE WILFORD, The New York Times ON THE WEB, March 21, 2001)

2002年7月11日新聞報道
NEWSWEEK 2002.7.24報道
700万年前の猿人化石がアフリカ中部のチャド共和国で発見というニュース

人類進化の3つの画期
人類誕生600万年前
ホミニド誕生250万年前
ホモ・サピエンス誕生20万年前

ホミニド(ヒト科)は7属21種が発見

[1]サヘラントロプス属 (Sahelanthropus)
 1.チャデンシス (tchadensis) - トゥーマイ猿人
[2]オロリン属(Orrorin)
 1.ツゲネンシス(tugenensis)
[3]アルディピテクス属(Arudipithecus)
 1.カダバ(kadabba)
 2.ラミダス(ramidus)
[4]ケニアントロプス属 (Kenyanthropus)
 1.プラティオプス (K.platyops)
[5]アウストラロピテクス属(Australopithecus)(華奢型猿人)は5種
 1.アナメンシス(anamensis)
 2.バルエルガザリ(bahrelghazali)
 3.アファレンシス(afarensis)
 4.ガルヒ(Garhi)
 5.アフリカヌス(africanus)
[6]パラントロプス属(Paranthropus)(頑丈型猿人)は3種
 1.エチオピクス(aethiopicus)
 2.ボイセイ(boisei)
 3.ロブスタス(robustus)
[7]ホモ(Homo)(ヒト)属は8種
 1.ハビリス(habilis)
 2.ルドルフェンシス(rrudolfensis)
 3.エルガステル(ergaster)(150万年前第1次アウトオブアフリカでエレクトスに)
 4.エレクトス(erectus)(アジアに出現し、ジャワ原人、北京原人に、その後絶滅)
 5.アンテセソール(antecessor)
 6.ハイデルベルゲンシス(heidelbergensis)(アフリカ、ヨーロッパに出現、10万年前第2次アウトオ
   ブアフリカでネアンデルターレンシスに)
 7.サピエンス(sapiens)
 8.ネアンデルターレンシス(neanderthalensis)(ヨーロッパに出現した寒冷型ヨーロッパ人その後絶滅)

ホモ・サピエンスからほぼ明らかに遡れる進化関係
ホモ・サピエンス
  ↓
ホモ・ハイデルベルゲンシス
  ↓
ホモ・エレクトス
  ↓
ホモ・エルガステル
  ↓
ホモ・ハビリス
  ↓
ホモ・ルドルフェンシス
  ↓
アウストラロピテクス・ガルヒ
  ↓
アウストラロピテクス・アファレンシス

417〜350万年前アナメンシス猿人(アウストラロピテクス・アナメンシス)
1995年ケニア、トゥルカナ湖周辺カナポイ遺跡で、 ケニア国立博物館ミーヴ・リーキー、米ペンシルヴェニア大アラン・ウォーカーらが、 右脛骨を発見し、最古の直立二足歩行の痕跡が認められる。

340〜290万年前アファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)
1974年エチオピアのアファル地区ハダールで米ドナルド・ジョハンソン博士のグループが 全身に近い骨格を発見。その女性の化石は「ルーシー」と呼ばれる。 骨盤が横に広く、大腿骨が内側に傾く様子から二足歩行していたと想像される。
脳400g
1978年タンザニアのラエトリでケニア国立博物館のグループが 360万年前のアファール猿人の足跡化石を発見し、二足歩行が確認される。

360万年前アウストラロピテクス・アフリカヌス
南アフリカ、ステルクフォンテイン遺跡
1995年足の骨
1998年全身骨格

350万年前アウストラロピテクス・バルエルガザリ
1995年フランスのミシェル・ブリュネ
大地溝帯から2500km内陸の中央アフリカ、チャド

250万年前から地球が周期的に波動を繰り返す氷河時代に入る
250〜100万年前頑丈型猿人(パラントロプス)属
矢状稜(頭蓋のてっぺんに前後に鶏冠のような骨の隆起、強い咀嚼筋がつく)や巨大な大臼歯から、 硬い葉を食べたり、根茎など泥混じりで食べる。
スワルトクランスでは掘り棒として用いたらしいアンテロープの骨が出土
250万年前ホモ属出現
1991年マラウィ湖(タンザニア)

250万年前ガルヒ猿人(アウストラロピテクス・ガルヒ)
1997年11月20日米カリフォルニア大学バークリー校大学院生ヨハネス・ハイレセラシエが、 エチオピア、ミドル・アワシュ地方で発見
ガルヒは現地アファール語で「驚き」
アルゴン法、古地磁気、古生物化石で測定

250万年前パラントロプス・エチオピクス
1985年発見
ボイセイの祖先
雑食性

240〜160万年前ホモ・エレクトス
180万年前ホモ・エレクトス大脳が発達し左脳と右脳、利き腕ができる
100万年前以降ジャワ(100万年前)、北京(60万年前)、高森遺跡(50万年前)

240万年前ホモ・ルドルフェンシス
英リバプール大バーナード・ウッド
マラウィのウラハ
「ルドルフ湖畔のヒト」後にトゥルカナ湖

200万年前より少し古いパラントロプス・ボイセイ
1959年ルイス・リーキー、メアリー・リーキー
タンザニア、オルドゥヴァイ峡谷

200万年前ロブスタス猿人(パラントロプス・ロブスタス)
アフリカヌスより新しい(古くて200万年前)
1938年南ア、クロムドラーイ
スワルトクランス遺跡にも
脳500g程度、石器使用、その後絶滅。

180万年前ホモ・ハビリス
1964年ケニア・オルドバイ渓谷でリーキー夫妻が発見。
手先が器用なヒトの意で石器を使用し骨髄を食べる。
ホモ・ハビリスの右利き:左利き=57:43で左脳の発達がみられる。(脳容量650cc)
ちなみにチンパンジーは50:50

180万年前ホモ・エルガステル
ギリシャ語「働くヒト」
1971年クービ・フォロ
1984年8月22日トゥルカナ・ボーイ
現代人並みの汗線
ライオンやヒョウが寝ている日中に行動
火を利用、150万年前第1次アウトオブアフリカでエレクトスに
エルガステル、ハビリス、ルドルフェンシス160万年前共存

78万年前ホモ・アンテセソール
1994年〜96年スペイン北部アタプエルカ山中グラン・ドリナ洞窟
祖先はアフリカのエルガステル

ホモ・ハイデルベルゲンシス(古代型サピエンス)
1907年ハイデルベルク近郊マウエル砂利採取坑
形態から40〜50万年前
オットー・シェーテンザック命名
サピエンス、ネアンデルターレンシスに進化
「兄貴」はアフリカにいた
1976年10月エチオピア、ミドル・アワシュ地区ボド
米ジョン・カーブ調査隊
60万年以上前
1981年、1990年と発見続く
アフリカ、ヨーロッパに出現、10万年前第2次アウトオブアフリカでネアンデルターレンシスに

15万年前ホモ・サピエンス
 南アフリカに出現したホモ・サピエンス(脳容量1300cc)が10万年前原人の後を追うように北上する(第二次アウトオブアフリカ)
 当時ヨーロッパ・中近東では原人がすでに広く分布していた

5万5千年前ホモ・サピエンスがオーストラリアへ舟で渡った
3万年前ホモ・サピエンスがアメリカ大陸に渡る

人類の火の使用

1981年ケニア、チェソワンジャ遺跡
140万年前の火の使用の痕跡

1948年発見のスワルトクランス遺跡(南ア)で
1988年ボブ・ブレインが部層三で火の管理の証拠を発見
部層三の年代は150〜100万年前
使用していたのはホモ・エルガステル
焼かれた獣の骨出土
肉を食べ雑食になる
洞窟暮らしから家を造るようになる
移動を始める、暑さのため体毛を失い発汗作用をもつようになる
移動しながらさらに進化していく

最古とされた周口店遺跡(北京)の46〜23万年前の石灰岩の上面に灰の堆積がある炉跡は、自然発火。

 ヴェルテスツェレス遺跡(ハンガリー)35万年前
 テラアマタ遺跡(フランス・ニース)38万±8万年前
 トーレ・イン・ピエトラ遺跡(イタリア)42万年前

馬場壇A遺跡13万年前炉跡熱残留磁気測定

140万年前ウベイディア遺跡(イスラエル死海の近く)
95万年前原人石垣を作る
 ソレイヤック遺跡(フランス・オーベヴェルニュ地方)
 長さ20m,幅1.5m防波堤と考えられる
1971年アラゴ洞窟(フランス・トータヴェル村)
 45万年前の生活跡狩猟肉食

直立二足歩行には諸説がある。
草原生活で敵を見つけるためミーアキャットのように直立した。
運搬説はビーバーが泥を運ぶ時のように前足で抱えて運ぶため直立した。
あるいは貝を拾いに水の中に入った時に直立した。
などがある。 一時期有力視された、道具説は道具を使用するため前足を自由にした。 というものだが、道具である石器の出現は、200万年以上遅れるので、その根拠が薄れた。
最近有力な説は、
脳の冷却説
巨大化した脳を冷却するため、直立することにより脳の位置が高くなり、風に当たりやすくなる。 同時に、体表面積が減るため熱帯での太陽熱の受容量が減る。

環境変化により進化したのではなく、それ以前にその準備ができていたから、急激な環境変化に耐えることができた。 すなわち、二足歩行では中臀筋を使うが、木登りの時にも使うので、尻の筋肉が発達した。 体が大きくなると、木にぶら下がり、木から木へと伝い歩く(ブラキエーション)ために、背骨が伸びた。 など、森の中で二足歩行の訓練がなされていた。つまり、人類誕生の場はサバンナではなかった。
90年代以降に発見されたラミダス猿人などは 森林で暮らす、サルの仲間コロブスやカモシカの仲間ブッシュ・バックなどの化石と一緒に出た。

2002.3.31.TBS報道特集
タンザニア、タンガニーカ湖東畔
疎開林のチンパンジー
グレートリフトヴァレイで隔絶されたために
ヒトとチンパンジーが別れたのならば
なぜ東側のしかも疎開林にチンパンジーがいるのか

しかし、二足歩行により腰痛、痔、胃下垂、貧血などの苦痛を味わうことになった。

人間は食べるために移動し、道具が増えて定住したという説
多分に文学的な表現である。 肉食化により、食物ピラミッドの頂点に立つ事になり、広いテリトリーが必要になった。 そのためには人口を減らすか、テリトリーを広げるか、 選択肢は2つに1つであるが、当然後者を選んだ。
ヒト族の肉食はハイエナなどの食い残した骨髄で、 石器の発明は骨を割るためと考えられる。
骨髄食により脳の拡大がおこったと考えられる。
成人男性の脳は体重の2%程度しかないが、 全代謝エネルギーの20%近くの一日に約500キロカロリーを消費する。 これはブドウ糖で120gに相当し、しかもブドウ糖でしか摂取しない。
赤ちゃんでは全代謝エネルギーの50%に達する。