第17項 儀礼的狩猟の慣行
もともとは狩猟民が狩りの獲物の豊かなることを山の神に祈願した儀礼。
焼畑農耕が営まれるようになり、農耕と密接に結びついた。
すなわち動物の「血」の中に作物の豊穣を促す呪術的な力を感じ、
種モミや大地に、犠牲にした動物の血を注いで、豊穣を祈る。
それがさらに水田稲作農耕の発展により、はじめは実際に狩猟を営み、
動物犠牲を行っていたものが、模擬的な狩り神事にかわり、
さらに狩りの儀礼が形式化し、射札の対象がモチになり、
もう一歩進んでただの円い的になり、最後には単なる田遊び田打ち行事に変化した。
焼畑の火入れを象徴する「火祭り」が、儀礼的な狩猟行事に伴うことが多い。
春先の儀礼的狩猟はヤオ、ミャオ、リス、ラフ、リー。インドパーリア、ムンダ族にみられる。
ラスコーの壁画には捕獲の難しかった動物だけが描かれている。
ラスコーの壁画に登場する動物は
ウマ59.9%
ウシ16.6%
シカ16.3%
であるが、ラスコーから見つかる獣の骨のうちウマは0.7%にすぎない。
一番多いのはトナカイの86.8%だがトナカイの絵は0.2%しかない。
すなわち、捕獲を祈祷して描かれたものと考えられる。
暗闇に残されたメッセージ〜人類最古洞くつ壁画の謎2003年5月4日NHK教育再放送
ラスコー洞窟1万7千年前が有名だが、
ピレネー山脈の両側に沿ってスペインとフランスに分布し、
フランス側だけで70箇所が発見されている。
表題の最古洞くつは、
1994年発見のショーベ洞窟3万2千年前で、
最古のバイソンの絵などが見つかる。
他にライオン、マンモス、クマなど、狩猟対称ではない大型動物の絵も見つかり、
従来の説を覆す事になりそうだ。
そもそも、イメージを残すというよりも、
表現衝動のようなものに突き動かされて描いたといえる。
洞窟の奥の狭い所に描かれた絵が、見せるためとは考えにくい。
実験考古学者と芸術家のいわばコラボによる、
フランスの考古学者と日本の湊千尋(みなとちひろ・男・美術家)と土取利行(つちとり・音楽家)、
鍾乳洞の中での実験を紹介していた。
動物の油脂を燃やし明かりとする中で、ネガティブ・ハンドや馬の絵を再現したが、
ネガティブ・ハンドは手を岩の上に置き、スプレーを吹いて手の跡を白抜きにしたようなもので、
炭粉や二酸化マンガンと思われる黒い顔料を口に含み、ぷっぷっぷっぷっぷっと強く吹き続けて、
スプレーの代用としたのではないか。
馬の絵も指で描いたのではなく、同じように、両手を合わせ、そこに口をつけて吹き、
その隙間で線をつくったのではないか。
とされる。
普通手形といえば、手に塗料をつけて、ぺたっと張り付けるが、
白抜きにしたのは何か意味があるのだろうか。
両手を合わせる行為もつい意味を感じてしまう。
赤い顔料はオーカー(酸化鉄を含んだ粘土)を水で溶いたもので、
指で擦り付けてバイソンを描いている。
クロマニヨン人は、
大型動物の躍動力にダイナミズムを感じ、それを自然への畏敬の象徴として捉え、
そこに自分を重ね合わせようとして、手形や絵でコンタクトをとろうとしたのではないか。
暗い洞窟内での高揚感・恐怖感が一種のトランス状態をつくり、
手明かりの陰影が岩の凹凸を大型動物のように見せ、
岩の中から大型動物を取り出すように絵を描いていったのではないか。
仏師が木を削って形を作るのではなく、既に木の中には仏像が入っていて、
回りを取り去り、姿を取り出すのだ。
だから技術は関係ないんだ、と言うのを聞いたことがある。
岩の角に膝が来るように合わせて脚を描いたり、何頭もの群を重ねて描くことで、
立体感・臨場感を強めている例があるが、これは技法というより、
実際の強いイメージが内在している、精霊的な考えが既にあったと考えられる。
洞窟の中に入って行ったのは、所謂シャーマンのような者だったのかもしれない。
さらに、
ペシュ・メルル洞窟では、
柔らかい粘土質の岩に指で女性像を描いているが、
あの縄紋土偶の下腹部の大きな、女性の性が強調された姿に似る。
また、
レ・トロワ・フレール洞窟では、
鹿角の半獣身がみつかっているが、
これなど同一化した姿そのものではないか。
土取利行はアマゾン原住民の使う鼻笛が、音量は小さく、繊細な音が出るので、
洞窟内での反響を調べるのに適すると考え実験に使用した。
洞窟内で最もよく響く場所を探して歩き回り、
見つけるとそこに壁画があるので、意図していたのではないか。
スペイン・ニオー洞窟1万3千年前の入り口から900m奥の「黒の部屋」から
バイソンの絵が見つかっているが、ショーベ洞窟のものと同じ形式であり、
2万年間続き、描き継がれた形跡がある(絵に上書きがなされているなど)。
1万年前壁画姿を消す
農耕の始まり
「描かれた記憶 〜人類の物語は一人の母から始まった〜」2003.6.21.10ch
mtDNA1万6千塩基対
mtDNA約1万年に1回変移
今まで15〜20回
アジアでは6,7回
ブッシュマン今はサンと呼ばれる
イブとイブの母との間に劇的な変化
ストームシェルター1995年発見
エランドの絵
半獣半身のシャーマン
光の糸(STRING OF LIGFT)
相撲の手形ようのもの
7〜8万年前出アフリカ
4〜5万年前ヨーロッパクロマニヨン
ペシュ・メルル洞窟
24600年前の2頭の馬
ネガティブ・ハンド
黒い塗料
ラ・ロック・ガジャック村
ラスコー洞窟17000年前
モンゴルの馬
ユニコーン
イメージを描く
チンパンジー人間の2〜3歳相当
2歳2ヶ月の子形や色を把握し始める
チンパンジー絵を描く意味がない
ネアンデルタール60〜3万年前
前頭葉未発達
子供時代短い
佐賀医科大学
篠田謙一
世界の母35人
日本人9人の母
出現年と場所 特徴、日本への渡来経路 日本人中の割合
D型 6万年前バイカル湖の西 アジア最古、寒さに強い、朝鮮半島から 34%
M7型 4万年前山東半島の南 原日本人、海から九州へ 15%
B型 6万年前南中国福建省あたり 環太平洋、南西諸島に沿って 15%
G(Y)型 3万年前カムチャッカの西のシベリア アイヌ・中央アジア、樺太と朝鮮半島から 7.5%
A型 2〜3万年前バイカル湖 北米先住民の祖先、朝鮮半島から 6%
F型 4〜5万年前東南アジア やせた体型、朝鮮半島から 5%
M9型 4万年前ヒマラヤ 山の民、中央・東アジア、朝鮮半島から 3.4%
CZ(M8a)型3〜4万年前北朝鮮の北 北東アジアフィンランドまでラップ人、朝鮮半島から 3.2%
N9型 2〜3万年前揚州 渡来人、朝鮮半島から 7%
合計96.1%
ブリチ遺跡2万3千年前
バイカル湖から流れるアンガラ川
ブリヤート人
C型
D型
5万年前インドネシア
2万5千年前ワジャク人
湊川人に似る
イリアン・ジャヤ
ファクファク半島北のアグニ島
1938年岩絵発見